家族法Q&A

入管法

入管法―強制退去取消し

しかしながら,上記①の点につき,控訴人の過去の不法残留は,控訴人が日本国内の旅行を楽しんでいる間にわずかに在留期限を徒過してしまったという軽微なものであり,起訴もされておらず,しかも10年以上も前のことであって,その後に数次にわたって入国及び在留が問題なく許可され,韓国と日本とを行き来することが許されていたものであるから,それを今次の不法残留に当たって問題視して取り上げることは相当ではない。
また,これと上記②の主張に関連することであるが,控訴人の不法残留が10年以上にも及んでしまったことについては,前記1(3)イに認定のとおり,控訴人が日本人男性であるBにより酷いDV被害を受け,短期間で離婚を余儀なくされ,堕胎まで強要されていたという重大な事情が存していたものである。すなわち,前記1(3)ウに認定の事実からすると,当時日本語を解しなかった控訴人は,離婚に際しBにより無責任に放逐され,不法残留となるべく仕向けられたと言っても過言ではないほどであり,しかも,同(3)エに認定のとおり,Bに強要されて失意のうちにやむなく名古屋市内の病院で堕胎の処置を受けた時点で既に在留期間を徒過しており,かつ,控訴人は既に在留期間を徒過していたことすら認識し得なかったところである。そして,控訴人は,同(3)オに認定のとおり,その後も長らく不法残留を継続することになるが,それは,自らの意思でBと結婚するために日本に渡ったにもかかわらず,短期間で上記のような酷い状況に陥ったため,自責の念から韓国の両親ら家族に顔向けできないものと苦悩し,長らくその事情を打ち明けることもできず,しかも,DV被害によるトラウマが持続していたという事情があったためであると考えられ,このような控訴人のDV被害者に特殊な精神状態とその行動への持続的な悪影響を顧慮すれば,控訴人が韓国に帰国できず,ずるずると不法残留を続けてしまい,真に信頼に値するAとの婚姻関係に至る段階まで長らく法的に正しい対応が取れなかったとしてもやむを得ない面があったというべきであり,このような不法残留の経緯は,十分に斟酌すべき事情であるということができる。しかるに,被控訴人が上記のとおり当然に重視すべき控訴人のDV被害の深刻な実態を敢えて見ようともせず,調べようともしていないことは,本件訴訟の原審における被控訴人の訴訟態度からも明らかであって,被控訴人は,控訴人の受けたDV被害の深刻な実態を敢えて無視する一方で,控訴人が自らの体面から家族には言えなかったとか,一旦帰国することはできたなどと安易に評価した上で,在留期間の長さのみを殊更重大視しているものであり,かような有り様は,わが国のいわゆるDV防止法の精神にも悖る極めて不当な態度といわざるを得ない。
さらに,上記③の不法就労の点につき,在留期間経過後である平成15年12月15日以降の就労の事実は,在留資格の存在を前提とした入管法70条1項4号の資格外活動罪に該当しないのであるから,就労の事実そのものを犯罪視することはできない上,実質的な違法性も低く,控訴人が本邦で日々の生活の糧を得るために働くこと自体は,人道上何ら非難されるべきことではない。
加えて,上記④の本件収受(姉名義の在留カードの収受)の点については,前記1(5)の認定によれば,控訴人は,不法残留中といえども,通常は自らの名義で医療を受けており,外国人が医療を受けるに際して在留カードを要求すべきでないのにこれを要求した医療機関においてのみ本件収受にかかる姉の本件在留カードを使用していたというにすぎず,その利用範囲は限定的なものであったということができ,まして姉に成り済ますとか,不当な利益を享受する目的で本件収受に及んだものではないことは明らかであり,その実質的な違法性は低いものといえる。現に,控訴人は,自ら自発的に申告した本件収受の点では,賢明なる検察官の判断により,入管法違反として起訴もされていない。なお,被控訴人は,容貌や利便性の点から,コンタクトレンズを愛用し,眼鏡を避けたいとする控訴人の動機が身勝手である旨主張するが,コンタクトレンズは通常の視力矯正用具として広く行き渡っているものであり,これを眼鏡と比較の上で愛用することもまた通常のことであるから,被控訴人において,上記した控訴人の動機が身勝手なものであるなどと殊更悪し様に断罪しようとすること自体,著しく相当性を欠くものといわざるを得ない。
よって,被控訴人の上記①ないし④の主張は,いずれも採用し難い。
(3) 以上の認定説示によれば,本件裁決は,控訴人とAが婚姻に至るまでの長い経緯やその真摯な夫婦関係の実質を見ようともせず,単に法律上の婚姻期間や同居期間の長短のみでしか夫婦関係の安定性や成熟性を考慮せず,控訴人を韓国へ帰国させることによる控訴人とAの不利益を無視又は著しく軽視し,また,控訴人が不法残留状態に至った経緯,特に,控訴人が日本人男性から酷いDV被害に遭い,短期間で離婚を余儀なくされ,堕胎まで強要されたことが契機となって,やむにやまれず不法残留となった深刻な事情を敢えて無視する一方で,不法残留期間が長期に及ぶことのみを重視し,かつ,起訴もされておらず,一時的使用であって軽微といえる本件収受(他人名義の在留カードの収受)や,人道上非難に値しないような不法残留中の就労を殊更問題視するなどしたことによってなされた偏頗な判断というほかはなく,その判断の基礎となる事実に対する評価において明白に合理性を欠くことにより,その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるというべきであるから,裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものというほかはない。
よって,控訴人による本件裁決の取消請求には理由がある。
4 本件処分の違法性について
本件処分は,名古屋入管局長から本件裁決をした旨の通知を受けた名古屋入管主任審査官が,入管法49条6項に基づいてしたものであるが,上記3において述べたとおり,本件裁決に裁量権の範囲を逸脱濫用した違法性があって取り消されるべきである以上,これを前提とする本件処分も違法というほかなく,その取消請求にも理由がある。
第4 結論
以上によれば,控訴人の本件各請求はいずれも理由があるから認容すべきところ,これと結論の異なる原判決は失当であるから取り消すこととし,主文のとおり判決する。

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