家族法Q&A

労働・労災

労災―過労と心停止との因果関係が認められた例

(1) 業務起因性に関する法的判断の枠組みについて
ア 労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等に関して行われる(労災保険法7条1項1号)ところ,労災保険制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者の過失の有無を問わずに労働者の損失を填補する,いわゆる危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると,労働者が「業務上」の疾病にかかった場合とは,労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい,そのような場合に当たるというためには,業務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきであり(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照),業務と疾病との間の相当因果関係の有無は,その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁判所平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。
イ また,上記危険責任の法理に照らすと,業務の危険性は客観的に評価すべきであるから,当該業務に内在する危険が現実化したものと評価しうるか否かは,当該労働者と同種の平均的労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者(以下「平均的労働者」という。)を基準とすべきである。
ウ ところで,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪する経過を経て発症に至るものであり,本来,業務に特有の疾病ではない(乙8・131頁)。しかし,上記発症に至る過程において,労働者が従事した業務の負荷が過重であったため,発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結果,脳・心臓疾患が発症した場合には,業務に内在する危険が現実化して脳・心臓疾患が発症したものとして相当因果関係を認めるのが相当である(上記最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決,最高裁判所平成9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁,最高裁判所平成12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。
(2) 本件における業務起因性
ア Bの死因
前記前提事実(6)のとおり,検視の結果,Bの直接死因は虚血性心疾患の疑いと判断されており,前記1(8)アのとおり,専門部会意見書において,Bの疾患名は致死性不整脈による心停止である旨記載されていることに照らすと,Bが発症した疾病(本件疾病)は,認定基準における対象疾病である虚血性心疾患等のうち「心停止(心臓性突然死を含む。)」とみるのが相当である。
イ Bの心臓疾患の既往歴
前記(1)ウのとおり,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪する経過を経て発症に至るものであるところ,Bには,前記1(5)ア及び(8)アのとおり,心電図検査上ブルガダ症候群の所見が認められる。
この点,ブルガダ症候群は,心電図の異常,それに伴う心室細動,突然死が問題となる疾患であるが(乙83),ブルガダ症候群であることから直ちに突然死に結びつくものではなく(甲B9,B10),専門部会意見書において,Bには特にハイリスク要因がなく,心電図所見もタイプ2であることから,突然死のリスクが高いとはいえないとの意見が示されており(前記1(8)ア),ブルガダ症候群は運動負荷や重労働が病態を悪化させるという報告はなく,その原因は不明である(乙8,83)ものの,睡眠不足やストレスによって自律神経のバランスを不安定にさせることの方が同症候群に影響する可能性が指摘されているにとどまる(乙83)。
そうすると,ブルガダ症候群は,そのタイプや症状の程度によっては突然死に結びつく可能性がないとはいえないとしても,Bの心電図検査が示すブルガダ症候群については,その自然的経過により突然死等を発症するような身体的病変であったとは認められないし,Bにおいて,ブルガダ症候群の所見があることで通常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容)を遂行できなかったという事実も認められない。
ウ Bの時間外労働の影響
前記1(9),(11)のとおり,長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす要因として,睡眠時間の減少が最も深く関わっており,睡眠時間が6時間未満になると脳・心臓疾患に対する影響が出るようになり,睡眠時間が5時間以下になると,全ての報告において脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められている。甲A38(岩崎健二著「長時間労働と健康問題」日本労働研究雑誌No.575)においても,長時間労働は,仕事負荷を増加させるとともに疲労回復時間を減少させ,脳・心臓疾患のリスクを2~3倍に増加させるものであって,そのようなリスクを増加させる長時間労働は1か月の時間外労働時間に換算すると60~80時間となるとの知見が述べられている。
そして,前記1(10),(11)のとおり,発症と関連する疲労の蓄積は,発症前1~6か月の就労状況を調査する必要があり,総務庁や(財)日本放送協会による生活時間の調査結果を基にすると,1日6時間程度の睡眠が確保できない状態とは概ね80時間を超える時間外労働が想定され,1日5時間程度の睡眠が確保できない状態とは概ね100時間を超える時間外労働が想定されている。
Bの発症前6か月の就労状況を見ると,発症前1か月は時間外労働時間数が少なくとも85時間48分以上であり,発症前2から6か月の時間外労働時間数は6分から62時間33分とばらつきがあるものの,発症前2か月の時間外労働時間数が5時間38分であって過重とはいえない程度のものであったことからすると,Bの死亡と長時間労働との相当因果関係の有無を判断する上では,発症前1か月の時間外労働時間が最も考慮すべき要因であるといえる(Bが,発症直前に,特に強度の精神的負荷を引き起こすような異常な事態や,急激で著しい作業環境の変化等の異常な出来事に遭遇したとの事情は見当たらない。)。
Bは,前記1(3)のとおり,発症前1か月間の時間外労働時間は少なくとも85時間48分であり,この時間外労働時間数だけでも,脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であるということができる。これに加えて,時間外労働の時間帯において休憩時間が確保できていなかった時間があること,終業時刻後に時間外労働をしていた時間が存すること,平成23年9月22日に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があることを考慮すると,更に過重性の程度が大きかったことになる。
しかも,Bにおいては,上記の時間外労働による負荷にうつ病による早期覚醒の症状が加わって,更に睡眠時間が減少したものと認められるから,Bは,発症前1か月間,睡眠時間が1日5時間程度の睡眠が確保できない状態,すなわち,全ての報告においても脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められる状態であったことは明らかである。Bが,この時期に寝ても目が覚めてしまい十分な睡眠が取れていなかったことや,疲労困憊していた状況であったことは,控訴人,Bの父及びその友人が述べるところからも明らかに認められる(甲A1の1・2,A8,9,19,26,54,原審控訴人本人)。すなわち,Bは,発症前1か月間において,うつ病にり患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる。
そうすると,Bは,過重な時間外労働を余儀なくされ,それにうつ病による早期覚醒の症状が加わって更に睡眠時間が1日5時間に達しない程度にまで減少したことにより,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結果心停止に至ったものと認められるところ,上記のとおりその時間外労働の時間数のみを捉えても脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であったことからすれば,Bが心停止に至ったことについては,過重な時間外労働が主要な要因であったものというべきであり,上記の時間外労働と心停止との間に相当因果関係を認めることができる。
エ なお,Bの死亡についてうつ病患者に特有の早朝覚醒の症状が起因しているとしても,前記1(5)イのとおり,Bは,平成19年1月5日にHクリニックを受診してうつ病等と診断され,その後も通院していたが,うつ病にり患していたことで通常業務を遂行できなかったという事実は認められないのであって,そうした事情をもって,相当因果関係が否定されるものではない。
この点,被控訴人は,通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患とそれ以外の基礎疾患とを区別して考えることを前提とした主張をする。また,I病院病院長のJ医師は,過重業務に関する評価の基準となる労働者について「基礎疾患を有するものの,日常業務を支障なく遂行できる労働者」としているのは,心疾患に関していえば,当該発症以前から心臓に存する器質的疾患(僧帽弁膜症,心筋症,冠動脈疾患等)を指すと捉えるのが医療従事者や専門医の常識的な理解であり,睡眠障害,睡眠不足が生じており,その原因が何らかの精神疾患であったとしても,それを心疾患の「基礎疾患」と捉えるべきではないとの意見を述べる(乙115)。
しかしながら,医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限らず,何らかの基礎疾患を有しながら日常業務を何ら支障なく就労している労働者は多数存するのであって,これらの労働者が頑健な労働者が発症するに至る負荷ほどではない業務上の負荷を受けて脳・心臓疾患を発症した場合に,労災補償の対象とならないとすることは,労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に反し,労働者保護に欠けることになるのであって,このことは,専門検討会報告書においても指摘されている(乙8・88頁)。
したがって,上記のとおり,Bが過重な時間外労働の負荷が主要な要因となって心停止に至ったものである以上,その余の要因が,通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患か,あるいは医学的意味での心疾患の基礎疾患に含まれるものかといった事柄は,相当因果関係の有無の判断に影響するものではないというべきである。
オ 被控訴人は,Bの早朝覚醒の原因は,投薬量が十分でなかったことによるものであるとも主張するが,Bへの投薬は,主治医であるK医師が,Bの病状及び生活状況を踏まえて決定していたもので,明らかに不適切な処方であったとまでは認められず,その治療経過を業務以外の要因として考慮することも相当ではない。
また,被控訴人は,Bが,深夜までパソコンないしスマートフォンを使用してブログ等の掲載を行っていたことや,ほぼ毎日飲酒をし就寝前の時間帯にも飲酒していたことなどが,十分な睡眠を妨げ,早期覚醒など睡眠に関する問題を引き起こしていた可能性も十分に考えられると主張するが,これらもまた平均的労働者が日常生活において行っている範囲内の事柄であり,Bがパソコン等の電子機器の画面を見ることや飲酒することが入眠を妨げたり睡眠の質的悪化を招くことがあり得ることを考慮しても(乙113,114),Bの時間外労働の時間数や早期覚醒の症状からすれば,相当因果関係の有無の判断を左右するまでの事情とは認められない。
カ 被控訴人は,認定基準が十分な合理性を有することを前提に,労働者が脳・心臓疾患を発症した場合に業務起因性を認めるためには,認定基準が示す基準(異常な出来事に遭遇,短期間の過重業務,長期間の過重業務のいずれか)を満たす必要があると主張する。
しかしながら,認定基準において,例えば,発症前1か月間の時間外労働時間として概ね100時間を超えることを基準に掲げているのも,前記1(11)のとおり,睡眠時間が1日6時間未満であっても狭心症や心筋梗塞の有病率が高いという知見がある中で,1日5時間以下の睡眠時間の場合には,全ての報告において脳・心臓疾患の発症との関連において有意性があるとされていたことから,その睡眠時間に対応する100時間の時間外労働を採用したものである。すなわち,この基準は,就労態様による負荷要因や疲労の蓄積をもたらす長時間労働のおおまかで,かつこれを満たせば確実に労災と認定し得る目安を示すことによって,業務の過重性の評価が迅速,適正に行えるように配慮して設定されたものであると評価すべきである(乙8・96,109,132頁)。
既に述べたとおり,業務起因性の有無は,業務と疾病との間に相当因果関係が認められるか否かによって判断される事柄であるところ,一般に認定基準は,その基準を満たせば業務起因性を肯定し得るという性格のものにすぎず,その基準を満たさないことが,業務起因性を肯定する余地がないことまでを意味するものではないというべきであるし,特に上記時間外労働時間に関する基準の意味するところからすると,業務起因性を肯定するためには上記認定基準を満たさなければならないとする被控訴人の主張を採用することはできない。
(3) そうすると,Bが心停止によって死亡したことについて,業務起因性を肯定することができ,控訴人が半田労働基準監督署長に対してした労災保険法に基づく遺族補償給付等の請求は,その支給要件を満たしているものと認められる。
第4 結論
以上によれば,半田労働基準監督署長がした本件各不支給処分は取り消すべきであるから,これと異なる原判決を取り消して,控訴人の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

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