家族法Q&A

労働・労災

仮地位仮処分の判断が覆った珍しい事例

平成29年1月11日名古屋高裁

1 本件合意退職等の成否について

(1) 相手方は,乙山が,平成27年5月29日以降,出社して負傷の状況確認をさせるよう何度も電話で要請したが,抗告人は,出社の意思はない旨述べ,負傷状況の確認も拒否し,乙山からの電話に応じなくなったから,退職の合意又は退職の意思表示があったものと評価できる旨主張する。
(2) 前提事実によれば,抗告人は,平成27年5月28日,乙山に対し,負傷のため翌日は出勤しない旨述べ,乙山から,負傷の状況確認等のため出社するよう求められたのに対し,これを拒否し,数日後には,乙山からの電話に応じなくなったことが一応認められるが,これらの経緯をもって,本件合意退職等があったものと評価することはおよそ困難といわざるを得ない。
(3) また,前提事実によれば,抗告人は,乙山に対し,「やはり首ですよね?はっきりしないと仕事を探すにも探せません」「首ですね?」「乙山さんの会社を辞めないと行けませんけど」と述べ,乙山は「仕事さがしてみてはいかがですか」「雇用保険受付してもいいですよ」と応じ,抗告人が,雇用保険受付について「お願いします」と返信したこと,乙山は,抗告人の求めに応じ,平成27年6月19日,抗告人の雇用保険被保険者離職票を作成し,抗告人に交付したことが一応認められる。しかし,これらやりとりは,抗告人が,乙山から,他の会社に抗告人を紹介しようとしたが断られた旨の手紙を受け取った後になされ,雇用関係が既に終了しているかのような乙山の対応を前提とするものであって,かつ,負傷により通院中であり,当面の生活費にも困っている中で金銭給付を受けるためになされたものである。そのような事情を踏まえると,上記やりとりをもって抗告人が退職を受け入れ本件合意退職等をしたものと一応認めるには足りないというべきであり,その他これを認めるに足りる疎明資料はない。
(4) 以上によれば,相手方の上記(1)の主張は採用することができない。
2 本件解雇の有効性について
(1) 抗告人は,本件解雇が,業務上の負傷のために休業する期間になされたものとして,労働基準法19条1項に反し許されないし,また,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当とは認められないものであって,労働契約法16条により無効である旨主張するのに対し,相手方は,抗告人が,虚偽の負傷を理由に労務提供を拒否し,労災の申請を行なおうとしたものであり,また,その勤務態度には重大な問題があって,相手方に多大な損害を与えたことからすると,本件解雇には,合理的な理由があり,社会通念上相当であるから,無効とはいえない旨主張し,これに沿う疎明資料(〈証拠略〉)を提出する。
(2)ア まず,抗告人が,平成27年5月28日の就労時に負傷をしたかどうかを検討するに,抗告人は,負傷状況について,乗務していたダンプカー備え付けの梯子に上って荷台の確認作業を行ったところ,足を踏み外して地面に転落して足首や腰を痛めた旨供述するところ(〈証拠略〉),その乗務していたダンプカーの状況(〈証拠略〉)からすると,仮に梯子の一番下の足場の高さである1200mmの位置から足を踏み外した場合であっても足首や腰を痛めることがあり得るものと考えられる。また,前提事実によれば,抗告人が,平成27年5月28日,本件労働契約に係る労働に従事していたが,同日夕方の乙山からの電話に対し,足を負傷したので翌日は出勤しない旨述べたこと,平成27年6月3日にB病院を受診して,ダンプカーから転落して受傷した旨訴えたところ,骨傷はなかったが,両足関節捻挫,腰部打撲と診断され,対症療法で経過を診るとされて,内服薬と貼り薬を処方され,同月10日,26日,同年7月6日に同病院を受診し,同月8日からはC整形外科皮膚科を受診し,頚椎捻挫,右足関節距骨々挫傷,背部挫傷と診断されたことが一応認められ,これらが抗告人の上記供述のとおりの負傷状況に沿うものであることに照らすと,相手方が指摘する事実(負傷状況を目撃した者がいないこと,受診が負傷の数日後であること,他覚症状がなく症状が拡大していること等)を踏まえても,抗告人が,本件労働契約に係る就労の際に上記のとおり後日に診断されたとおりの負傷(以下「本件負傷」という。)をしたものと一応認められるというべきである。
イ これに対し,抗告人の同僚のA(以下「A」という。)の陳述書(〈証拠略〉)には,抗告人が「怪我していないのに怪我したと言って休んでやる」と言っていた旨の記載があるが,抗告人がそのように述べた事実を否定していることに加え,そもそも,雇用主に対する不正を実行しようというときに敢えてその旨を同僚に述べるとは考え難いこと,Aが相手方の傭車運転手という立場であり,その意向に沿って虚偽を述べる可能性も否定できないことを考慮すれば,上記記載を直ちに採用することはできないというべきであるから,上記記載により上記アの疎明を左右するものではない。
ウ なお,相手方は,抗告人が負傷状況の確認を受けることを拒否した旨主張するが,相手方が抗告人方に赴いて負傷状況を確認しようとした事実は認められず,抗告人は,負傷を理由に出社を拒否したに過ぎないというべきであるから,相手方の上記主張は採用できない。
エ 上記ア~ウによれば,抗告人は就労中に本件負傷をしたものと一応認められ,虚偽の負傷を理由に労務提供を拒否し,労災の申請を行なおうとしたとはいえない。
(3) 上記(2)によれば,本件解雇は,業務上の負傷である本件負傷のために休業する期間になされたものであって,労働基準法19条1項に反し許されないから,無効である。
(4) なお,労働基準法19条1項違反の点を措くとして,相手方は,抗告人の勤務態度には重大な問題(①使用車両を損壊したのに取引先が損壊した旨虚偽の報告をしたこと,②勤務態度が悪く取引先から出入禁止等を通告されたこと,③使用車両を整備点検しなかったこと,④本件労働契約を終了させる準備をしていたこと)があって,相手方に多大な損害を与えたことからすると,本件解雇には,合理的な理由があり,社会通念上相当である旨主張し,これに沿う疎明資料(〈証拠略〉)を提出する。しかし,上記①~④の事実について,抗告人が否認して疎明資料(〈証拠略〉)を提出しており,これを直ちに排斥できないことからすると,相手方の疎明資料をもって上記①~④の事実を疎明するには足りないものといわざるを得ない。仮に,これら事実が一応認められるとしても,抗告人が乙山に雇用されてから本件解雇までの期間が約1年と短期間であり,その間における乙山の抗告人に対する指導状況は必ずしも明らかではなく,指導等による勤務態度の改善の見込みがなかったとまではいえないことからすると,本件解雇に,合理的な理由があるとも,社会通念上相当であるとも認め難い。したがって,相手方の上記主張は採用することができない。本件解雇は,解雇権濫用にあたり,無効である。
3 雇用契約上の地位保全の必要性について
本件において,抗告人の相手方に対する労働契約上の権利を有する地位が仮に定められれば,社会保険の被保険者たる資格を含めた包括的な地位が一応回復されることになること,抗告人があえて任意の履行を求めるものでもよいとして発令を求めていること,相手方は,履行する意思はないとしているものの,抗告審において和解勧試に真摯に対応しており,発令に応じて抗告人を従業員として扱うことも期待できないわけではないこと等の事情が認められるのであり,そのような事情が認められる本件事案においては,雇用契約上の地位保全の必要性を認めることができるというべきである。
4 賃金仮払金額及び仮払期間について
(1) 抗告人の本件解雇前10か月の月額賃金(〈証拠略〉)の合計額は239万3466円であり(内訳:平成26年7月分26万2000円,同年8月分14万9500円,同年9月分15万6666円,同年10月分26万4000円,同年11月分26万1000円,同年12月分30万1000円,平成27年1月分30万5000円,同年2月分29万3000円,同年3月分10万8300円,同年4月分29万3000円),これを平均すると月額23万9346円となるから,同額をもって賃金仮払の金額と認めるのが相当である(なお,平成26年6月分の給料支払明細書(〈証拠略〉)には支給額合計24万1000円との記載があるが,内訳金額の記載と齟齬するから,これを採用することはできず,賃金仮払金額の算定において考慮しない。)。そして,本件仮処分の申立てのあった平成27年9月以降,本案の第1審判決言渡しに至るまでは,相手方が任意に賃金を支払う見込みはないというべきであるから,その間は,相手方に対し,毎月15日限り同額の金員を抗告人に仮に支払うよう命ずるのが相当である。
(2)ア これに対し,相手方は,仮処分決定時までに履行期が到来している賃金については,抗告人が現に生計を維持してきた以上,保全の必要性は認められず,また,抗告人は生活保護を受給しているから,仮処分決定時以降も保全の必要性はなく,仮に必要性があるとしても,その金額が月額10万9450万円を上回ることはない旨主張する。
イ しかし,仮処分の審理期間に係る賃金仮払いが認められないのでは,被保全権利が認められるのにも関わらず相手方が争ったために審理を要したことの不利益を抗告人に負担させることになり,相当ではないから,申立時以降の賃金仮払いが認められるべきである。また,生活保護の受給についても,生活保護が「生活の困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」(生活保護法4条1項)ものであって,雇用主に対する賃金支払請求権を有している場合に給付されることが予定されているものではないことからすれば,抗告人が生活保護を受けている事実をもって保全の必要性が否定されることにはならない。そして,仮払の金額についても,健康で文化的な最低限度の生活を営むのに必要な限度とする必然性はなく,抗告人が,相手方に解雇されるまで,相手方から支払われる賃金をもって生活の原資としており他に収入があったとは認められないこと,賃金額が抗告人の生活にとって過分なものであったとは考え難いことからすると,抗告人の生活には,従前支給されていた賃金額の金員を要するものと認められるから,同額について支払の必要性があるというべきである。
ウ 以上によれば,相手方の上記アの主張は採用することができない。
5 よって,抗告人の申立てを全部却下した原決定は相当でないから,これを取り消し,事案の性質に照らし,抗告人に担保を立てさせないで,抗告人の申立てを主文2,3項の限度で認容し,その余の申立てを却下することとして,主文のとおり決定する。

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