労働・労災
- トヨタ自動車事件
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平成28年9月28日名古屋高裁
本件は,控訴人(一審甲事件原告兼乙事件原告)甲野太郎(以下,「X」)による被控訴人(一審甲事件被告)トヨタ自動車(株)(以下,「Y1社」)に対する請求にかかる甲事件と,被控訴人(一審乙事件被告)乙山次郎(以下,「Y2」)に対する請求にかかる乙事件からなる事案である。甲事件では,Y1社に雇用されていたXが,Y1社に対し,①「スキルドパートナー」としての再雇用契約に基づいてXが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,②賃金および一時金ならびにこれらに対する遅延損害金の支払いを求め,さらに,③Y1社の使用者としての安全配慮義務等の違反を理由として,債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として慰謝料およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。乙事件では,Xは,Y1社に組織的ないじめを受けたと主張し,代表取締役であるY2に対し,会社法429条1項または債務不履行に基づく損害賠償として,慰謝料およびそれに対する遅延損害金の支払いを求めた。
上記の事実経過を踏まえ,以下,被控訴人会社の対応が雇用契約上の債務不履行または不法行為に当たるか否かについて検討する。
ア 改正高年法は,継続雇用の対象者を労使協定の定める基準で限定できる仕組みが廃止される一方,従前から労使協定で同基準を定めていた事業者については当該仕組みを残すこととしたものであるが,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が引き上げられることにより(老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢は先行して引上げが行われている。),60歳の定年後,再雇用されない男性の一部に無年金・無収入の期間が生じるおそれがあることから,この空白期間を埋めて無年金・無収入の期間の発生を防ぐために,老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に到達した以降の者に限定して,労使協定で定める基準を用いることができるとしたものと考えられる。
そうすると,事業者においては,労使協定で定めた基準を満たさないため61歳以降の継続雇用が認められない従業員についても,60歳から61歳までの1年間は,その全員に対して継続雇用の機会を適正に与えるべきであって,定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量があるとしても,提示した労働条件が,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり,社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては,当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反するものであるといわざるを得ない。
なお,被控訴人会社は,改正高年法の定める継続雇用制度を採用するに当たり,再雇用との文言を用いているが,その運用の適否を検討するに当たっては,上記の改正高年法の趣旨に従い,あくまで継続雇用の実質を有しているか否かという観点から考察すべきものである。
イ これを本件について見ると,被控訴人会社が控訴人に対して提示した給与水準は,控訴人がパートタイマーとして1年間再雇用されていた場合,賃金97万2000円(4時間×243日×時給1000円)の他に,賞与として年間29万9500円が支給されたと推測されることが認められるから(弁論の全趣旨),控訴人が主張する老齢厚生年金の報酬比例部分(148万7500円)の約85%の収入が得られることになる。
上記の給与等の支給見込額に照らせば,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であるということはできない。
ウ 次に,被控訴人会社の提示した業務内容について見ると,控訴人に対して提示された業務内容は,シュレッダー機ごみ袋交換及び清掃(シュレッダー作業は除く),再生紙管理,業務用車掃除,清掃(フロアー内窓際棚,ロッカー等)というものであるところ,当該業務の提示を受けた控訴人が「隅っこの掃除やってたり,壁の拭き掃除やってて,見てて嬉しいかね。…これは,追い出し部屋だね。」などと述べているように,事務職としての業務内容ではなく,単純労務職(地方公務員法57条参照)としての業務内容であることが明らかである。
上記の改正高年法の趣旨からすると,被控訴人会社は,控訴人に対し,その60歳以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることはいうまでもないが,両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には,もはや継続雇用の実質を欠いており,むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから,従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り,そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。
そして,被控訴人会社が控訴人に提示した業務内容は,上記のとおり,控訴人のそれまでの職種に属するものとは全く異なった単純労務職としてのものであり,地方公務員法がそれに従事した者の労働者関係につき一般行政職に従事する者とは全く異なった取扱いをしていることからも明らかなように,全く別個の職種に属する性質のものであると認められる。
したがって,被控訴人会社の提示は,控訴人がいかなる事務職の業務についてもそれに耐えられないなど通常解雇に相当するような事情が認められない限り,改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない。
この点につき,被控訴人らは,控訴人が本件選定基準(職務遂行能力及び勤務態度)に満たず,同僚や上司との平穏なコミュニケーション能力を欠き,さらに,1日4時間勤務で雇用期間も1年間のみという勤務形態を前提とすると,控訴人については清掃等の業務以外の業務を提示することは困難であったなどと主張するが,上記選定基準に基づく評価は,控訴人の従前の職務上の地位を前提としてのものであって事務職全般についての控訴人の適格性を検討したものではないし,被控訴人会社において控訴人について解雇の手続を取った形跡はなく,勤務規律及び遵守事項に違反する行為があったとして,けん責処分にしたにとどまるのであって(甲31),控訴人の問題点が事務職全般についての適格性を欠くほどのものであるとは認識していなかったと考えられる。しかも,被控訴人会社は,我が国有数の巨大企業であって事務職としての業務には多種多様なものがあると考えられるにもかかわらず,従前の業務を継続することや他の事務作業等を行うことなど,清掃業務等以外に提示できる事務職としての業務があるか否かについて十分な検討を行ったとは認め難い。これらのことからすると,控訴人に対し清掃業務等の単純労働を提示したことは,あえて屈辱感を覚えるような業務を提示して,控訴人が定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生ずるところである。
したがって,控訴人の従前の行状に被控訴人らが指摘するような問題点があることを考慮しても,被控訴人会社の提示した業務内容は,社会通念に照らし労働者にとって到底受け入れ難いようなものであり,実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないのであって,改正高年法の趣旨に明らかに反する違法なものであり,被控訴人会社の上記一連の対応は雇用契約上の債務不履行に当たるとともに不法行為とも評価できる。
エ 以上によれば,被控訴人会社は,控訴人に対し,上記違法な対応により控訴人が被った損害について債務不履行責任及び不法行為責任を負うというべきである。
5 争点(6)(被控訴人会社の雇用契約上の債務不履行または不法行為による控訴人の損害額)について
控訴人は,被控訴人会社の上記違法行為により,精神的苦痛を受けたほか,60歳から61歳までパートタイマーとして継続雇用する機会を奪われたと認められる。上記のとおり,控訴人がパートタイマーとして1年間再雇用されていた場合,賃金97万2000円の他に賞与として年間29万9500円が支給され,合計127万1500円を得ることができたと認められるところ,控訴人は逸失利益の賠償を求めておらず慰謝料の支払を求めており,本件事案の内容からすると,債務不履行に基づいて慰謝料の支払を求めるのは困難であるが,不法行為に基づく慰謝料請求については,控訴人が上記賃金等の給付見込額と同額の損害賠償金を得ることができれば,その精神的苦痛も慰謝されるものと認められる。
よって,控訴人の被控訴人会社に対する請求は,不法行為に基づいて127万1500円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年○月○日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は棄却すべきである。」
(4) 原判決35頁2行目の「5 争点(7)」を「6 争点(7)」と改め,35頁18行目末尾で改行して,次のとおり付加する。
「 なお,既に述べたとおり,被控訴人会社の担当者が控訴人に対してパートタイマーとしての清掃業務等を提示したことは違法行為に当たるというべきであるが,この違法行為が被控訴人Y2の任務懈怠によるものでありそれについて悪意,重過失があると認めることはできないから,被控訴人Y2が会社法429条1項の責任を負うものとは認められない。」
2 結論
以上によれば,控訴人の被控訴人会社に対する請求は,127万1500円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年○月○日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これと異なる原判決を変更することとし,控訴人の被控訴人Y2に対する控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官 藤山雅行
裁判官 前田郁勝
裁判官 丹下将克(別紙)
1 高年法の規定(平成24年法律第78号による改正前のもの)
9条1項 定年(65歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止
2項 事業主は,当該事業所に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め,当該基準に基づく制度を導入したときは,前項第2号に掲げる措置を講じたものとみなす。
2 平成24年法律第78号の改正附則
(経過措置)
3 この法律の施行の際現にこの法律による改正前の第9条第2項の規定により同条第1項第2号に掲げる措置を講じたものとみなされている事業主については,同条第2項の規定は,平成37年3月31日までの間は,なおその効力を有する。この場合において,同項中「係る基準」とあるのは,この法律の施行の日から平成28年3月31日までの間については「係る基準(61歳以上の者を対象とするものに限る。)」と,同年4月1日から平成31年3月31日までの間については「係る基準(62歳以上の者を対象とするものに限る。)」と,同年4月1日から平成34年3月31日までの間については「係る基準(63歳以上の者を対象とするものに限る。)」と,同年4月1日から平成37年3月31日までの間については「係る基準(64歳以上の者を対象とするものに限る。)」とする。