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労働・労災

イビデン事件セクハラ判決

イビデン事件平成28年7月20日名古屋高裁決定

 

コンプライアンスを徹底し,国際社会から信頼される会社を目指すとして社員行動基準を定め」るところ,「これらのことは,Y4社が人的,物的,資本的にも一体といえるそのグループ企業に属する全従業員に対して,直接又はその各所属するグループ会社を通じてそのような対応をする義務を負担することを……約束したもの」と評価する。そして,「Y1のXに対する本件セクハラ行為が行われた当時,この両名がいずれもY4社のグループ会社の従業員であ」るなかで,Y4社は,「本件セクハラ行為の事後ではあるが,それによるXの恐怖と不安が残存していたといえる時期に,……DがXのためにY4社のコンプライアンス相談窓口に電話で連絡をして調査及び善処を求めたのに対し,Y4社の担当者らがこれを怠ったことによって,Xの恐怖と不安を解消させなかったことが認められる」とする。こうして本判決は,Y4社についても,「Y1のした不法行為に関して自ら宣明したコンプライアンスに則った解決をすることにつき,Xに対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負う」とした。

 

1 本件は,被控訴人イビデン株式会社(以下「被控訴人イビデン」という。)の子会社である被控訴人イビデンキャリア・テクノ(以下「被控訴人キャリア・テクノ」という。)のいわゆる契約社員として,被控訴人イビデンの事業場にある工場で就労していた控訴人(昭和42年○月生まれ)が,同じく被控訴人イビデンの子会社であったイビデン建装株式会社(なお,このイビデン建装株式会社は,当審口頭弁論終結日の直前の平成28年4月1日,イビケン株式会社に吸収合併されて消滅し,同社が存続会社となっているから,被控訴人はイビケン株式会社となるが,以下,本判決における表記としては,原判決での表記に合わせ,合併の前後を問わず「被控訴人建装」ということにする。)のいわゆる正社員(課長職)であった被控訴人乙山太郎(昭和34年○月生まれ。以下「被控訴人乙山」という。)のなした一連のセクハラ行為等により多大な精神的苦痛を被った旨主張して,①被控訴人乙山に対しては,不法行為に基づく損害賠償請求として,②被控訴人建装に対しては,被控訴人乙山の不法行為にかかる使用者責任に基づく損害賠償請求として,③被控訴人キャリア・テクノに対しては,雇用契約上の安全配慮義務違反又は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)11条1項所定の措置義務違反を内容とする債務不履行に基づく損害賠償請求として,④被控訴人イビデンに対しては,安全配慮義務としての上記措置義務違反を内容とする債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の合計330万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めている事案である。
原判決は,そもそも被控訴人乙山の控訴人に対するセクハラ行為等は存在しないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が控訴した。
2 争いのない事実等,争点及び当事者の主張は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 原判決の付加訂正
(1) 原判決3頁1行目(本誌本号〈以下同じ〉75頁左段18行目)の「平成20年」の次に「9月に前夫と離婚し,当時中学生の双子の子(長男,長女)と共に実家の両親方に暮らすようになり,同年」を付加する。
(2) 原判決4頁5行目(75頁右段10行目)の「被告建装の社員で」を「昭和52年に被控訴人イビデンにいわゆる正社員として入社し,その後,子会社のイビデン興産株式会社,再び被控訴人イビデンと順次転籍した後,平成17年に被控訴人建装に転籍して同社の社員となり」と改める。
(3) 原判決4頁20行目(75頁右段29行目)の「ある」を「あった」と,22行目(75頁右段32行目)の「いる」を「いた」とそれぞれ改める。
(4) 原判決5頁2行目(75頁右段下から7行目)の「F課長」の次に「(以下「F課長」という。)」を付加し,2行目から3行目にかけて(75頁右段下から7行目)の「G係長」の次に「(以下「G係長」という。)」を付加する。
(5) 原判決5頁10行目(76頁左段4行目)の「ある」を「あった」と改める。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,原判決とは異なり,控訴人の被控訴人らに対する請求は,220万円(慰謝料200万円及び弁護士費用20万円)及びこれに対する平成26年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから認容し,その余はいずれも棄却すべきであると判断するが,その理由は,以下のとおりである。
2 認定事実
前記争いのない事実等,証拠(〈証拠略〉,証人D,同G,控訴人本人,被控訴人乙山及び後掲の各証拠〈略-編注〉)及び弁論の全趣旨によれば,少なくとも次の事実が認められる。
なお,控訴人と被控訴人乙山の供述及び証人Dと同Gの供述は,多くの点で一致せずそのいずれを採用するかが本件の結論を左右するものである。当裁判所は,控訴人及び証人Dの供述が信用できるものとして,おおむねこれらに沿って以下のとおりの事実を認定したものである。上記各供述相互の信用性については,被控訴人乙山及び控訴人の各供述については,後記3及び4において説示し,上記両証人の供述の信用性については,以下の認定事実の該当箇所において適宜説示する。
(1) 被控訴人乙山,控訴人及びJ(被控訴人キャリア・テクノの契約社員。以下「J」という。)は,本件工場内の「カット」の壁側にある休憩室において,世間話や家族の話など雑談を一緒にする独身者(離婚経験者を含む。控訴人及び被控訴人乙山は,いずれも離婚経験者である。)を中心として自然にできた数名のグループのメンバーであり,年長で課長職でもある被控訴人乙山は,同グループ内で「会長」と呼ばれていた。控訴人と被控訴人乙山は,平成21年9月頃までに,Jの勧めにより,メールアドレスを交換したり,Jと三人で岐阜県大垣市内の回転寿司屋に食事に行ったりして,職場外でも親しくなった。
(2) 控訴人は,この頃,当時中学生の長男の家庭内暴力に悩んでおり,被控訴人乙山に子育て上の悩みを親身に聞いてもらうなどしていたが,同じく当時中学生の長女が外でトラブルを起こして示談金12万円を支払う必要が生じ,その旨を被控訴人乙山に話したところ,被控訴人乙山から金銭を貸し付ける旨の申出を受けて,その頃,被控訴人乙山から12万円を返済期限の定めなく借り入れ(以下「本件借入金」という。),同被控訴人に対し,平成22年10月下旬頃から(〈証拠略〉)毎月1万円ずつを任意に返済していた。なお,本件借入金の初回の返済に当たり,控訴人の長女が「会長さんお金借(ママ)して下さって,ありがとうございました。頑張ってバイトして,少しづつ母に返していきます。母と仲良くやってあげて下さい。」と記載した手紙(〈証拠略〉)を返済金1万円に同封し,被控訴人乙山に対する感謝の意を伝えている。
(3) 被控訴人乙山は,本件工場の別の部署に勤務するKと交際関係にあったが,平成21年9月頃以降,控訴人にも異性としての関心を示すようになり,控訴人と二人だけで食事をしたりドライブに行ったりし,控訴人とキスをする関係となり,同年11月頃には控訴人と肉体関係を持った。被控訴人乙山と控訴人は,同月頃から同年12月頃にかけて,被控訴人乙山の自動車(黒いベンツ)でドライブに出掛けたり,平成22年1月頃には,電車で京都市まで初詣に出掛けたりしており,この頃までに,外出した際の自動車内やいわゆるラブホテル等で3回程度性交渉をしたことがあった。
その後も,控訴人が平成21年12月のクリスマスや,平成22年2月の被控訴人乙山の誕生日に,被控訴人乙山の好きな矢沢永吉のバスタオル,下着,ストラップ,キーケース及び洋服をプレゼントしたことがあった。
(4) 被控訴人乙山と控訴人は,上記のとおり,平成21年9月頃にメールアドレス交換後,同年12月までに,携帯電話で頻回にわたりメールの送受信をし合い,控訴人が同年11月10日から同年12月20日までの間に被控訴人乙山に送信したメールは,両者の関係が極めて親密であることを文面上はうかがわせるものとなっており(乙4。この証拠説明書には最終日が12月9日とされているが,完全に時系列順に綴られていないから誤りであり,163枚目の12月20日17時29分のものが最終である。なお,メールはこの間に控訴人が被控訴人乙山に送信したものしか証拠として提出されていない。),携帯電話による通話も頻繁にし合うようになっていた。
(5) この当時,被控訴人乙山の携帯電話の会社はL株式会社(以下,同社のブランド名により「L」という。)であり,控訴人の携帯電話の会社は株式会社M(以下「M社」という。)であって,会社が異なっていたところ,上記のような状況であったため,両名が携帯電話会社に対して支払う月々の合計額(以下,これを単に「携帯料金」という。)が嵩むようになっていた。そこで,被控訴人乙山と控訴人は,控訴人の携帯電話会社であるM社の「ファミリー割引」に被控訴人乙山が家族と称して加入すれば,両者間の通話料は家族間の通話料として無料となることなどから,これを利用することによって携帯料金が節約できるものと考え,平成22年12月20日,被控訴人乙山が一人で大手家電量販店内にある携帯電話の売場に赴き,M社に対応する携帯電話を購入した上,控訴人の携帯電話回線を主回線とするファミリー割引に副回線として加入することを求めた。上記売場の店員は,控訴人に対し電話で確認を取った上で,被控訴人乙山を控訴人のファミリー割引に加入させる手続をし,その後Lとの契約を解除した(〈証拠略〉)。
(6) 控訴人の平成20年9月1日から平成21年9月末まで(ママ)利用分にかかる携帯料金は月平均約1万円強であり,そのうちの通話料は概ね月額3000円前後で多い月でも5000円程度,うちファミリー割引の適用となる通話料(控訴人の父親との通話)は月額1000円に至らない月が多く,多い月でも1000円余程度であった。しかし,その後,控訴人の平成21年10月利用分(同年11月請求分)にかかる携帯料金が2万1411円,同年11月利用分(同年12月請求分)については1万6062円と顕著に増えており,同年12月利用分も1万2308円と従前より高額であった。これらの原因は,被控訴人乙山との通話料が顕著に増えたこと(同年10月利用分につき1万4000円余,同年11月利用分につき8000円弱,同年12月利用分につき7500円余)によるものであった。(〈証拠略〉)
(7) 被控訴人乙山が上記のとおり控訴人のファミリー割引に加入して以後,控訴人が平成22年10月28日に被控訴人乙山のファミリー割引を解消させるまでの間の控訴人と被控訴人乙山との間の通話状況は,この間に控訴人のファミリー割引が適用となる通話の主たる相手が被控訴人乙山であることからすると,控訴人の携帯電話料金の各月の利用明細のうち「ファミリー割引料」の箇所を見れば,その回数又は通話時間の多寡及び変動の状況が大凡把握できるといえるところ,その平成22年1月利用分は6320円,同年2月利用分は2600円,同年3月利用分は5920円,同年4月利用分は3960円,同年5月利用分は2140円,同年6月利用分は960円,同年7月利用分は3680円,同年8月利用分は1万5140円,同年9月利用分は5620円,同年10月利用分は6680円であった(〈証拠略〉)。
(8) 被控訴人乙山と控訴人は,前記のとおり平成22年1月頃までに一緒に外出するなどした後には,終業後や週末,毎月の給料日(25日)後に本件借入金を1万円ずつ返済する際などに二人だけで会って一緒にお茶を飲むなどしたことはあったが,一緒に食事をしたりドライブなどの遠出をしたりすることはなく,性交渉をしたこともなかった。ただ,被控訴人乙山は,この頃既に本件工場内の控訴人の勤務する部署にやってきて,控訴人の仕事中に「次,いつ会える?」などと話しかけることはあり,控訴人はその度に困惑していた。
控訴人は,遅くとも平成22年3(ママ)頃までには,控訴人の同僚で,派遣会社の契約社員として本件工場内の被控訴人キャリア・テクノの部署に勤務するD(昭和49年生まれの妻子ある男性。以下「D」という。)に対し,被控訴人乙山から付きまとわれている旨相談するようになっており,Dは控訴人に対し,被控訴人乙山との個人的関係について自分ではっきり断った方がよい旨をアドバイスしていた。しかし,控訴人は,被控訴人乙山に対し本件借入金を完済できるまでは,同人との関係をはっきり断ることができないものと我慢していた。
(9) 控訴人は,平成22年7月末頃,本件工場内において,被控訴人乙山に対し,「貸して頂いていたお金3万円 お返しします 遅くなってすみません。私のワガママで こんな形になってしまった事,ごめんなさい。 今まで色々 ありがとうございました。 体に気をつけて下さいね。」と記載した手紙(乙6)とともに,本件借入金の残額全額の返済として3万円を手渡した。
しかし,被控訴人乙山は,突然別れる理由が解らない,控訴人から明確な説明がないなどとして,同年8月中には,控訴人の勤務する本件工場内の部署に頻繁にやってきて,仕事中の控訴人に対して話しかけたり,近くに居座ったりするようになり,同年8月7日頃には,控訴人の自宅を直接訪ねて大声を挙げ,室内にいた控訴人の代わりに出てきて応対した長女から,「母が怖がっています。」,「母に近付かないで下さい。」などと言われて,その場から退散したこともあった。
(10) このような状況の中で,被控訴人乙山は,平成22年8月末頃又は同年9月初め頃,本件工場内において,控訴人に手紙(〈証拠略〉)を交付した。その記載は,「まさか こんなにあっけなく終りがくるとは はなりんとはずっ~と一生行けると思ってた。(バカだ) みれんたらしくて 本当ごめんなさい。夢ちん〈原告の長女のこと-編注〉に『母が怖がってます。』『ちかず(ママ)かないでください』の言話(ママ)で気づきました。そんなにキライになったんだって 毎日夜つらいですがなんとか乗りこえます。ありがとう。今でも心の中で思ってます。いつでもなんかあったら言ってください。(つらい時,苦しい時,お金) 俺の理想通りの人(女)でずっといてください。(かざらず,いつも前向きで,明るく,家族思い,) いつもどってきても いいよ。」というものであり,裏面にはハートマーク付きで「お礼」と記載されていた(〈証拠略〉)。しかし,その後も本件工場内における被控訴人乙山の控訴人に対する付きまとい行為は継続した。
(11) 控訴人は,平成22年9月上旬頃,上司であるG係長に対し,被控訴人乙山が就業時間中に接近してきて話しかけたり近くに居座ったりして仕事に支障があるから止めてもらうように言ってほしい旨相談し,G係長は,これに応じる旨の返答をした上,朝礼で「ストーカーや付きまといをしているやつがいるようだが,やめるように。」などと発言することはあったものの,それ以上には何もしなかった。
そこで,控訴人は,同月22日頃,Dに頼んで上記の件についてG係長に問い合わせてもらうことにし,Dがこれに応じて同日午後9時過ぎ頃,G係長の携帯電話に直接電話をかけたが,そこでDとG係長が口論となり,G係長が直ぐ電話を切ってしまったことがあった(〈証拠略〉。この点について,証人Gは,その陳述書(〈証拠略〉)で上記の電話があったこと自体に言及しておらず,原審における尋問において,電話のあったことは認めたものの,その内容については明確な供述をしていない。このような経緯及びその供述内容からすると,同証人のこの点に関する供述は措信できず,これらの他に上記認定に反する証拠はない。)。そして,Dは,その直後の同年10月1日付けで俄に,被控訴人イビデンのA2事業場内にある被控訴人キャリア・テクノの部署に異動となり,本件工場内では被控訴人乙山に関する控訴人の悩みを親身になって聞いてくれる者はいなくなった。
なお,控訴人とDは,同年7月頃以降,被控訴人乙山に控訴人のことを諦めさせようとして,控訴人とDとが親密になっているかのように振る舞うことはあったが,控訴人とDとの間に職場の元同僚として以上の親密な交際関係はない。
(12) 控訴人は,前記のとおり,被控訴人乙山から頻繁に本件工場内で話しかけられたり,近くに居座られたりするようになったことから,遅くとも平成22年8月頃以降,寝不足などによる体調不良が顕著となって,遅刻をしたり年休を取ることが多くなり,被控訴人乙山への対応に時間を取られたことにより残業を余儀なくされることもあり,同年10月に入ってからは,年休が不足して欠勤扱いになることがあった(〈証拠略〉)。
控訴人は,被控訴人乙山の件に関し,平成22年10月4日頃にG係長と,同月12日頃には,G係長に加えF課長とも面談して相談したが,まともに取り合ってもらえなかったことから(なお,証人Gは,これに反する証言をし,G係長がエクセルで作成したメモ(〈証拠略〉)の当該日付の箇所にも,控訴人が被控訴人乙山に関する相談をした旨の記載はないが,同メモに記載がないからといって,そのような事実がなかったとはいえず,むしろ,同メモは電子文書で保存されているもので事後的な改変は可能であるから,上記G証言及び上記メモの記載は措信し難い。これに対し,控訴人のこの点に関する供述は,同日前後の一連の流れからして十分に信用できる。),同日,被控訴人キャリア・テクノを自主退職し,他の派遣会社に登録して,同月18日頃以降,たまたま派遣された被控訴人イビデンのA2事業場内の部署に勤務するようになった。
(13) しかし,被控訴人乙山は,控訴人の上記退職後も,平成22年10月下旬頃まで,控訴人の自宅近辺の堤防などに自車の黒いベンツを何度も停車させるなどの挙に及んだ。
そこで,控訴人は,平成22年10月27日,岐阜県警察大垣警察署H交番に赴き,同署の警察官に対し,1年くらい前から「イビデン本社の男性A(52歳,独身)」と食事をしたり,一緒に出掛けたりするようになったこと,控訴人は付き合っているつもりはなかったが,約2か月前から「男性A」が執拗に交際を求めるようになり,同年8月7日には自宅に押し掛けてきたこと,同僚の「男性B(36歳,独身)」に相談していたことが「男性A」に発覚すると,「男性B」が配置換えされ,「男性A」の自動車が自宅周辺を徘徊するようになったこと,控訴人はこのことがショックで被控訴人キャリア・テクノを退職し,同年10月18日から偶然にも「男性B」が勤務する被控訴人イビデンのA2事業場で派遣社員として勤務するようになったが,このことが「男性A」に発覚した場合に,何をしてくるか分からないこと,ストーカー殺人事件の裁判に関するテレビ報道を視て,「自分も殺されたらどうしよう,と不安になって相談に来た」ことなどを伝えて相談し,警察官はその旨を記載した「警察安全相談受理及び処理票」(〈証拠略〉)を作成した。それ以後,控訴人の自宅付近を4回ほど警察官がパトロールした。
また,控訴人は,同月28日,携帯電話番号を変えるべくM社ショップに赴き,従前の契約を解除し,新規に携帯電話の契約をし直し,これに伴って被控訴人乙山のファミリー割引も解消された。
さらに,この頃,控訴人は,岐阜県内にある弁護士事務所に被控訴人乙山からの付きまとい行為について相談に赴いたが,その弁護士にも受任を断られて泣き寝入りの形となり,その後も,被控訴人乙山の影に怯える生活が続き,平成23年1月頃のほか,それ以降も,被控訴人乙山が控訴人の自宅付近に長時間にわたり自動車(黒色ベンツ)を停車させているのを見た。
(14) Dは,勤務先の異動後も控訴人のことが気になって,同人としばしば連絡を取っていたところ,被控訴人乙山の自動車を控訴人が自宅近くで見かける旨聞いたことから,平成23年10月13日,被控訴人イビデンのコンプライアンス相談窓口に電話で連絡をし,応対した担当者のI(以下「I」という。)に対し,被控訴人乙山が控訴人の自宅近くに来ているようなので,従業員によるストーカー行為として会社で対応してほしい旨申し入れ,控訴人及び被控訴人乙山の双方への事実確認及び対応を求めた。
しかし,被控訴人イビデンは,自社の担当者と被控訴人建装及び被控訴人キャリア・テクノとで数度の打合せをし,両社に依頼して被控訴人乙山及び関係者への聞き取り調査を行わせるなどして,Dの訴えにつき一応の調査は行ったものの,Dから控訴人の被害について相談を受けたこともなく,Dの言うような控訴人の被害は存しない旨のG課長(係長から昇進)の報告を鵜呑みにし,それ以上は調査をしないまま,Dが主張するセクハラ行為の存在は一切確認できなかったとして,平成23年11月28日,その旨をDに伝えた(〈証拠略〉。なお,被控訴人イビデンは,DはIとの電話での会話において,対象者の名前が控訴人であることを明らかにせず,しかも,対象者自身は被控訴人イビデンに相談する意思はないと告げており,通報者から対象者の名前が明らかにされなかった事案については,公式の相談記録を残さない運用をしている旨主張し,社内の資料として僅かに断片的なこれらメール記録(〈証拠略〉)のみを提出するが,そもそもDが控訴人の名前を明らかにしなかったということ自体が極めて不自然なことである上,仮にそうであったとしても,(証拠略)のメールの記載のうちの開示された箇所に記載された当該女性の所属会社や退職の時期等からして,当該女性が控訴人であることは容易に特定することができ,控訴人からも事情聴取することは十分可能であった。また,被控訴人乙山は,原審において,被控訴人イビデンのコンプライアンス担当役員から聴取を受けた際,控訴人からの申告があった旨の指摘を受けたと供述しているのであるから,被控訴人イビデンは,対象者が控訴人であることを認識して調査していたと認めるのが相当である。これらのことからすると,上記主張の前提となるDの相談内容としては,同人の供述どおりに認定するのが相当である。)。
3 被控訴人乙山の供述の信用性について
被控訴人らは,乙3の写真及び乙4のメールを根拠に,控訴人と被控訴人乙山とは平成21年9月頃から平成22年7月まで親密な交際関係にあったが,同月になってから突然控訴人が被控訴人乙山に別れを告げたため,その理由を問い質すなどしたことが数回あったのみであって,被控訴人乙山による控訴人への付きまとい行為やセクハラ行為は一切存在しない旨主張し,控訴人乙山もその旨供述する。
しかしながら,確かに乙3の写真は,被控訴人乙山と控訴人がドライブに出かけるなどして極めて親密にしているかに見える場面を撮影したものを含むとはいえるが,平成21年11月23日から同年12月20日までの間の4日分に限られ,しかも,乙4のメールも,平成21年11月10日から同年12月20日までに控訴人が被控訴人乙山に対して送信したもののみであって,これらのみでは,その後平成22年7月まで親密な交際関係が継続していたことを認めることはできない。却って,前記2(3)のとおり,被控訴人乙山と控訴人が二人で遠出したのは平成22年1月までであり,その後は,同年2月の被控訴人乙山の誕生日に控訴人がプレゼントをしたことはあったものの,肉体関係もなく,一緒に食事をしたことすらないというのであり(このことは被控訴人乙山も自認し,又は,明確な記憶がないとしている。),前記2(6),(7)に記載の控訴人の通話料の推移によれば,平成21年10月から平成22年1月までの間には両者の間に頻回又は長時間の通話があったことが認められるが,同年2月から同年6月までの間はこれが大きく減少している。以上のことからすると,たとえ平成22年1月頃までは,被控訴人乙山と控訴人との間に外形上親密な交際関係があったといえても,同年2月以降は,そのような交際関係が絶えたとはいえないものの,もはや親密なものとはいえなかったと認められる。
もとより,乙4のメールは,確かに文面上それだけで,単なる迎合メールか,多少の好意を示すものであるというに留まらず,控訴人の被控訴人乙山に対する深い恋慕の情を赤裸々に示すものと解することが可能なものを多数含んでいるとはいえる。しかしながら,これらのメールは被控訴人乙山のLの携帯電話に僅か2か月間における受信メールとして残されていたものに限られており,これに対応する被控訴人乙山の控訴人に対するメールは提出されておらず,それ以外に控訴人も被控訴人乙山もメールが一切残存していないというのであるから,このように極めて限定的な乙4のメールの文言だけで,両者の親密な関係性を即断することは相当でない。すなわち,もし両者の関係が問題となる全期間の双方向のメールが多数存在するのであれば,例えば巷間よくいわれるストックホルム症候群のような一方の他方に対する心理的監禁状態の有無,かかる状況下における服従的義務的な応答メールの有無,被害者の無意識的な自己防衛としての積極的表現を用いた迎合メールの有無等を心理学的に分析し検討することができる可能性は存するところであるが,本件においてはそのような分析検討はなし得ないのであるから,むしろ異常に過激ともいえる表現を多々含む一方向のみの断片的な乙4のメールの文言だけで,被控訴人乙山と控訴人とが親密に交際していたものと即断することはできないというべきである。
なお,被控訴人乙山は,平成21年12月20日を最後にLの携帯電話は使用しなくなり,控訴人のM社のファミリー割引に移るべくM社の携帯電話を使用するようになったものであって(その契約も,主回線となる控訴人ではなく副回線となるにすぎない被控訴人乙山だけが店舗に赴いて行っており,ここにも被控訴人乙山の主導性がうかがわれる。),このLの携帯電話に同日までの受信メールが残存していることからすれば,携帯電話のメール保存機能上の制約を考慮しても,同日までの少なくとも数日分の送信メール(少なくとも,平成21年11月12日,同月13日,同月15日,同月16日,同月21日,同月30日,同年12月5日,同月19日及び同月20日には存在していたものと見られる控訴人に対する送信メール)が残存していることの方がむしろ自然であると考えられるのに,Lの携帯電話に自らの送信メールは残存していなかったとして提出していないことからすると,それらが残存していたのに敢えて提出しなかったか,意図的に消去したために残存していない疑いが残り,それら被控訴人乙山の送信メールの内容は同人にとって不利なものであった可能性があるから,この点も被控訴人乙山の主張及び供述の信用性自体に影響する事柄であるといえる。
以上のとおりであるから,被控訴人乙山と控訴人との間に平成22年1月頃まではともかく,同年2月頃からはそのような客観的に親密な交際関係は両者間に存在しておらず,むしろ,被控訴人乙山が控訴人に対し主観的かつ一方的に思いを抱き続け,交際関係を持ちかけ又は復活させようと働きかけていたというにすぎないところであって,控訴人としては,他社とはいえ同じ被控訴人イビデンのグループ会社に勤務する正社員の管理職である被控訴人乙山と契約社員である自らと(ママ)間の仕事上明らかな上下関係,私的なグループ内でも年長者で会長と呼ばれていた被控訴人乙山との上下関係,また,家庭内の深刻な問題を相談して借金までしていることの負い目等々から,本件借入金を完済できるようになった同年7月頃までは被控訴人乙山からの一方的な働きかけに耐えていたにすぎないものということができる。
したがって,平成21年9月から平成22年7月まで控訴人と親密な交際関係があったなどという被控訴人らの主張は採用できず,これに沿い,かつ,同月になってから突然控訴人が被控訴人乙山に別れを告げたため,その理由を問い質すなどしたことが数回あったのみで,付きまとい行為やセクハラ行為は一切なかったなどという被控訴人乙山の供述は,それ自体からして既に著しく信用性の低いものであって,到底措信し難い供述というほかはない。
4 控訴人の供述の信用性について
これに対し,前記2(9)に認定のとおり,平成22年7月末頃,控訴人が被控訴人乙山に対し,本件借入金残金の3万円とともに被控訴人乙山からの働きかけを婉曲的に拒絶したものであると一見して理解できる乙6の手紙を手渡した後,遅くとも同年8月頃以降に本件セクハラ行為(本件セクハラ①ないし⑦)がなされた旨の控訴人の供述は,前記3に述べたとおり,平成22年1月より後には希薄となったと客観的にもいえる被控訴人乙山と控訴人との接触状況に合致している上,前記2(7)のとおり,平成22年8月以降,控訴人の携帯電話において被控訴人乙山との間の通話料が再び多額なものとなっているのは,控訴人が被控訴人乙山に対する拒絶の意思を示したことの影響として,両者の通話回数又は通話時間が増加したとしか考えられないことからして,かかる状況にも客観的に合致していること,被控訴人乙山は同年8月7日頃控訴人の自宅にまで押しかけて大声を出し,控訴人の長女を通して控訴人から拒絶されたにもかかわらず,自らも文中で認めるとおりに未練がましい手紙(〈証拠略〉)を敢えて控訴人に手渡しているところ,かかる手紙の記載内容自体,自らを抑え切れずにストーカーを行い続ける者の心情を見事に表現しているといえること,被控訴人乙山が控訴人の勤務する本件工場内の部署に頻繁にやってきて仕事中の控訴人に対して話しかけたりする場面をDも目撃していること(証人D。Dの当時の勤務状況でも,かかる状況を視認することはでき(〈証拠略〉),これを覆すに足りる証拠はなく,かかるD証言は,それ自体信用性が高いものと認められ,かつ,信用できる控訴人の供述とも相乗的にその信用性を高いものにしている。),控訴人の自宅から付近の堤防に停車する車の形状は視認できること(〈証拠略〉),控訴人の述べる本件の一連の経緯は,前記2(13)のとおり,警察官が直接控訴人から聴取して記録した内容にも大筋で合致していること等に照らし,上記のとおり措信し難い被控訴人乙山の供述との対比において,十分高い信用性を認めることができる。
なお,控訴人は,当初は平成21年9月頃以降の被控訴人乙山との個人的な関係を一切否定しており,また,原審において,被控訴人ら代理人弁護士から乙4のメールの個々の内容を逐一指摘されながら尋問された際に,それ自体に記憶がないと述べたり,十分な返答ができずに苦慮している箇所が多数あるが,当時における控訴人の心理的監禁状態の有無等については上記のとおり不明である上,このような場面における記憶の欠落は,例えば心理的監禁状態での慢性ストレス状況下における無意識の防衛反応としての意識狭窄であるとか,嫌なことは忘れ去りたいという抑圧に基づく記憶の欠落(一種のPTSDにおける回避症状)であるなどと説明することもでき(これらの知見は性暴力被害者やDV被害者等の心理として普遍的なものであるといえる。),本件ではそのような可能性も否定できないから,控訴人が当初は被控訴人乙山との個人的な関係を一切否定していたことがあり,また,控訴人の供述の個別部分に矛盾があったり記憶の欠落があったりしても,全体としての信用性に影響はなく,むしろ,原審での控訴人本人尋問において,控訴人の遮蔽の申立てを却下し,控訴人の心情に配慮して尋問するなどさせた形跡が記録上認められない状況下で,控訴人は二次被害を招来しかねない内容の反対尋問や補充尋問にも良(ママ)く耐えて供述しており,却って控訴人の供述全体の信用性を高いものにしているというべきである。
また,被控訴人らは,控訴人が被控訴人乙山から真に本件セクハラ行為を受けたのであれば,平成22年10月に被控訴人キャリア・テクノを退職した後,同グループのA2事業所に勤務したことは不自然不可解である旨主張するが,前記認定のとおり,控訴人はたまたま登録した派遣会社の派遣先が同事業所であったというにすぎず,被控訴人乙山は,同事業所に勤務しておらず,異動が予想される状況にあったものでもないから,被控訴人らの上記主張は採用できない。
5 被控訴人(ママ)の本件セクハラ行為の存在及び被控訴人らの責任原因
(1) 以上の1ないし4の認定説示によれば,主として信用性が高い控訴人の供述により,被控訴人乙山は,遅くとも平成22年8月頃以降,控訴人に対して本件セクハラ行為(本件セクハラ①ないし⑦)を行ったものであることが優に認定され,これに反する被控訴人乙山の供述は採用できない。
したがって,被控訴人乙山は,控訴人に対して本件セクハラ行為を行った者として,民法709条,710条により,控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(2) そして,被控訴人乙山を雇用していた被控訴人建装は,本件セクハラ行為にかかる被控訴人乙山の控訴人に対する不法行為につき,民法715条により,使用者としての損害賠償責任を負う。
(3) また,被控訴人キャリア・テクノは,自ら雇用する労働者に対する雇用契約上の安全配慮義務を負担し,かつ,雇用機会均等法11条1項に基づき,職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件に付き不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じるべき事業主としての措置義務を負担しているところ,前記認定説示によれば,控訴人は,平成22年9月上旬頃,G係長に本件セクハラ行為について訴えて対応を求め,同月22日にはDを通してG係長に同様の申出をしようとし,同年10月5日及び同月12日にも,F課長ないしG係長に対し本件セクハラ行為を訴えるなどしたにもかかわらず,F課長及びG係長は,控訴人の訴えに真摯に向き合わず,何らの事実確認も行わず,事後の行為に対する予防措置を何ら講じなかったというばかりか,却って,被控訴人乙山が本件工場内で稼働するグループ会社の管理職であったことから,控訴人の被害を問題視するDの方を本件工場外へ転出させるなどして,不祥事を隠蔽しようとした疑いすら存するところであって,このような応対によって,控訴人は最終的に退職を余儀なくされるまでに至っているから,被控訴人キャリア・テクノには,控訴人に対する安全配慮義務違反があり,かつ,控訴人に対し措置義務違反を内容とする債務不履行があるから,これら義務違反に基づく損害賠償責任を負う。
(4) さらに,被控訴人イビデンは,コンプライアンスを徹底し,国際社会から信頼される会社を目指すとして社員行動基準を定め,コンプライアンス相談窓口を含むコンプライアンス体制を整備して,イビデングループの役員・社員・契約社員・パートタイマー等イビデングループの構内で就労する全ての者に対してコンプライアンス相談窓口を設けて対応するなどとしており(争いはない。),これらのことは,被控訴人イビデンが人的,物的,資本的にも一体といえるそのグループ企業に属する全従業員に対して,直接又はその各所属するグループ会社を通じてそのような対応をする義務を負担することを自ら宣明して約束したものというべきである。しかるところ,被控訴人乙山の控訴人に対する本件セクハラ行為が行われた当時,この両名がいずれも被控訴人イビデンのグループ会社の従業員であったことに争いはなく,控訴人を直接雇用していた被控訴人キャリア・テクノが上記コンプライアンス体制による対応義務を履行しなかったことは,上記(3)の説示と同様であり,被控訴人乙山を雇用していた被控訴人建装もこれと同様であると認められる。また,被控訴人イビデン自身においても,本件セクハラ行為の事後ではあるが,それによる控訴人の恐怖と不安が残存していたといえる時期に,前記2(14)のとおり,Dが控訴人のために被控訴人イビデンのコンプライアンス相談窓口に電話で連絡をして調査及び善処を求めたのに対し,被控訴人イビデンの担当者らがこれを怠ったことによって,控訴人の恐怖と不安を解消させなかったことが認められる。以上によれば,被控訴人イビデンは,被控訴人乙山のした不法行為に関して自ら宣明したコンプライアンスに則った解決をすることにつき,控訴人に対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負うべきものと解される。
6 慰謝料額等について
これまで述べたところによれば,被控訴人らは,被控訴人乙山のセクハラ行為により控訴人が被った精神的苦痛につき,控訴人に対し連帯して相当額の慰謝料を支払うべき義務があるというべきところ,その行為態様やこれに至る経緯,控訴人の心身に与えた影響,被控訴人らによる事後的にも不適切な対応その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば,本件の慰謝料額は200万円とするのが相当であり,これに対する弁護士費用は20万円とするのが相当であり,被控訴人らはその合計220万円及びこれに対する遅延損害金を控訴人に対し連帯して支払う義務を負う。

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