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名誉毀損・逮捕歴のネットからの削除―グーグル判決後

東京地裁平成29年2月15日

 

第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,括弧内挙示の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,E大学▲▲部出身で,本件不正取引当時,Bの保険外交員として勤務していたが,同社内で営業成績がトップクラスで社内において表彰を受けるカリスマ営業マンであるとされ,年収が1億円を超え,営業活動を通じて会社経営者などに広い人脈を持ち,トップセールスマンとしてビジネスマン向けのセミナーで講演することもあった(乙ハ9,15,21,22,24,25,乙ニの2の1の1・3,弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,平成21年11月26日頃,C株式をインサイダー取引により取得したとして,逮捕された。この時,原告は,C株式以外でも不正な株取引をしていた可能性も疑われていたところ,同年12月15日,証券取引等監視委員会から,D株式でもインサイダー取引を行っていたとして金融商品取引法違反の疑いで刑事告発された。
原告は,同月16日,C株式及びD株式の不正な株取引を対象として,証券取引法違反及び金融商品取引法違反の罪で起訴された。
原告は,平成22年2月22日,本件刑事事件の第一回公判で起訴内容を認め,同年3月8日に開かれた公判期日において,検察側から懲役2年6月,罰金500万円,追徴金約6億3300万円を求刑された。
原告は,東京地方裁判所から,本件刑事事件について,取引された株式の数や代金額が多く,証券市場の公正性と健全性を損ない,投資家の信頼を失わせる悪質なものであって,厳しい非難に値するとして,同年4月5日,懲役2年6月,罰金500万円,執行猶予4年及び約2億7200万円の追徴金の判決の言渡しを受けた。(前記前提事実(2),甲14,乙ハ1ないし43,乙ニ2の1の1ないし5,2の2の1ないし4,2の3の1ないし4)
(3)ア 原告の逮捕については,逮捕当日又はその翌日に,Fテレビ,Gテレビ,H,テレビI,テレビJなどのニュース番組やK新聞東京本社版朝刊,同大阪版夕刊,L新聞朝夕刊,M新聞朝夕刊,N新聞夕刊,O新聞夕刊等の報道機関により報じられ,また,原告の起訴についても,起訴当日又はその翌日にL新聞朝刊,M新聞朝刊,K新聞東京本社版朝刊,N新聞朝刊等の報道機関により報道された。
原告が,平成22年2月22日に本件刑事事件の第一回公判で起訴内容を認めたことについては,同日又はその翌日,N新聞夕刊,L新聞夕刊,K新聞東京本社版朝刊,M新聞夕刊等の報道機関により報道された。
原告が,同年3月8日に,本件刑事事件について検察側から懲役2年6月,罰金500万円,追徴金約6億3300万円を求刑されたこと及び判決言渡し期日が同年4月5日と定められたことについては,同年3月8日又は同月9日,L新聞朝刊及びM新聞等の報道機関により報じられた。
そして,原告が同年4月5日,懲役2年6月,罰金500万円,執行猶予4年及び約2億7200万円の追徴金の判決の言渡しを受けたことについては,同日又は翌日,H,テレビIなどのニュース番組やK新聞東京本社版朝刊,N新聞朝刊,L新聞朝刊,M新聞朝刊等の報道機関により報じられた。(乙ハ1ないし14,16ないし49,乙ニ2の1の1ないし5,2の2の1ないし4,2の3の1ないし4)
イ M新聞の平成28年9月の販売部数は,全国で約894万部,L新聞朝刊の平成27年6月の販売部数は,全国で約273万部,同夕刊の同月の販売部数は,約138万部,N新聞朝刊の平成28年1月から6月にかけての平均の販売部数は,全国で約309万部,同夕刊の同時期の平均販売部数は約90万部,K新聞東京本社版朝刊の平成27年7月から12月にかけての平均販売部数は,約70万部,K新聞大阪本社版夕刊の同時期の平均販売部数は,約47万部である。(乙ニ5の1ないし4)
ウ M新聞は,平成21年12月23日,本件刑事事件に触れ,金融商品取引法では,未公開の内部情報を職務上知った会社関係者と,当該会社関係者から情報を入手した1次情報受領者が公表前に株式を売買することを禁じている一方で,1次情報受領者から情報を入手した2次情報受領者は,その情報で株式を売買しても規制対象ではない旨,原告は,本件刑事事件とは異なる取引でも,Cの元役員から聞いた未公開の情報をもとに同社株式を売買し,合計1億数千万円の利益を上げていたが,この取引について,証券取引等監視委員会は,原告が2次情報受領者となるから,インサイダー取引に当たらないと判断した旨,規制対象を1次情報受領者に限るべきではないとの議論が存在する旨を報じた(乙ニ2の2の5)。
(4)ア 記事1は,「△△」という被告Y1の管理するブログに「△▲△」として,気になるニュースの雑感,旬な話題,日常の出来事などを気ままにつづる趣旨で書かれたものである(甲6)。
イ 記事2は,「組織,チームのリーダーとは?皆様が考える理想のリーダー像を教えて下さい」との質問に対する回答として投稿されたものである(甲7)。
ウ 記事3は,できるだけ高収入のサラリーマンになるためには,E大学,P大学,Q大学のいずれの大学を卒業するのがいいと思うか,という趣旨の質問に対する回答として投稿されたものである(甲8)。
エ 記事4は,将来は外資系の会社で働くか,貿易に関わる仕事をしたいこと,浪人したので資格を取ってよい企業に就職することを希望している人物が,E大学▲▲部又はR大学▲◆学部若しくは◆◆学部のいずれに進学するのがよいかという質問に対する回答として投稿されたものである(甲9)。
オ 記事5は,「◇◇」というウェブサイトの2010年2月号のウェブページにビジネス記事として投稿されたものである。
記事6は,記事5が掲載されているウェブページに移動するための見出しである。(甲10,11)
カ 記事7は,被告Y3が管理する海外のサーバーから全世界に配信されたものである(弁論の全趣旨)。
2 争点1(被告Y3に対する記事7の削除請求についての国際裁判管轄)について
(1)ア 民訴法3条の3第8号は,「不法行為があった地が日本国内」である場合に,日本の裁判所の国際裁判管轄を認めているところ,「不法行為があった地」には,「加害行為地」のみならず,「結果発生地」も含むものと解されている。そして,記事7は,前記1(4)カのとおり,海外のサーバーから配信されたものであるから加害行為地は日本国内ではないものの,前記前提事実(1)及び(3)のとおり,原告は東京都に居住し,記事7は,日本語で記載され,専ら日本国内で読まれることが想定されたものであるということができ,日本国内で一定数の読者が記事7を読んでいることが優に推認される。
したがって,記事7の配信が不法行為となる場合には,日本国内で,当該不法行為の結果が発生したということができる。
そして,これに反する被告Y3の主張は採用できない。
イ 以上より,記事7の配信が不法行為となる場合には,原告の被告Y3に対する記事7の削除を求める請求については,当裁判所に国際裁判管轄が認められる。
(2) また,被告Y3は,記事7の削除に係る原告の請求について,一国の裁判所でプライバシー権と表現の自由との調整という国毎に差異のある問題を判断し,全世界で記事7の閲覧を不可能にすることは各国の読者の知る権利を不当に害するもので,事案の性質上,日本の裁判所が審理及び裁判することが適切かつ迅速な審理の実現を妨げることになる特別の事情がある旨主張する。
しかしながら,民事訴訟法3条の9にいう「特別の事情」として被告Y3の主張する事情は,当裁判所が管轄権を有することによって生じる事態について述べるものではなく,単に本件に必然的に伴う判断の困難性をいうだけであって,当裁判所の国際裁判管轄を認めることによって,本件の適切かつ迅速な審理の実現を妨げる事情をいう主張とは解されず,その他,上記「特別の事情」と認めるに足る証拠はない。
したがって,民訴法3条の9に基づいて,前記第1の1(4)及び2(4)の請求に係る原告の訴えを却下すべき理由はない。
3 争点2(本件各記事の違法性)について
(1) 前記前提事実(3)のとおり,本件各記事は,原告が証券取引法ないし金融商品取引法により規制されているいわゆるインサイダー取引を行ったことで逮捕・起訴されたことを摘示するものであるところ,これらが投稿されたのは,平成21年11月26日から平成22年11月25日までの間であるから,本件では,本件各記事によって一旦公表された本件事実について,記事1は少なくとも平成28年3月7日まで,記事2ないし7は現在まで,インターネット上で閲覧が可能な状態に置かれていることの違法性が問題となる。
原告は,被告らが本件各記事を掲載し続けることは,原告の更生を妨げられない利益を侵害するもので,損害賠償請求との関係では,遅くとも原告からの本件各記事の削除請求書を各被告が受領した日(主位的請求)又は本件訴訟提起の日(予備的請求)には違法となった旨主張する。
(2) そもそも,私生活上の事実であって通常他人に知られたくない未公開のものをいたずらに公開することはプライバシー侵害として不法行為を構成するところ,前科等も人の名誉,信用にかかわる事項であるから,前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の利益を有するといえ,有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては,一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから,その者は,前科等に関わる事実の公表によって,新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有する(最高裁判所昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁,平成6年判決各参照)。
(3) 本件各記事は,原告の前科等に関わるものであって,原告にはこれをみだりに公開されないという法律上の利益があり,さらに,前記前提事実(2)のとおり,原告の執行猶予期間が経過しているため,原告には前科等に関わる事実の公表によって,新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益がある。
(4) 一方で,自らの管理するウェブサイト上に記事を掲載する事業者にとって,本件各記事の掲載行為は,当該事業者によって投稿された記事であっても,第三者によって投稿された記事であっても,当該記事内容の表現行為であるといえ,当該記事の削除を余儀なくされることは,同表現行為に対する制約となる。
また,一旦適法に公表された記事について,時の経過により当該記事を掲載し続けることが違法と評価されることは,表現の自由に対する萎縮的効果が大きい。
(5) そこで,以上のような原告の利益及びウェブサイト管理事業者による記事の掲載行為の性質及び表現の自由に対する萎縮的効果を踏まえると,ある者の前科等に関わる事実について実名を使用して記事を掲載し続けることが違法と評価されるか否かは,①その者のその後の生活状況,②事件それ自体の歴史的又は社会的な意義,③その当事者の重要性,④その者の社会的活動及びその影響力について,⑤当該記事の目的,性格等に照らした実名使用の意義及び必要性(平成6年判決参照)に加えて,⑥時の経過による当該記事が掲載された時の社会的状況とその後の変化,現時点において実名を使用して前科等に関わる事実の記載を継続する必要性,⑦表現の自由に与える萎縮的効果など,当該前科等に関わる事実を公表されない法的利益と当該記事を掲載し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該前科等に関わる事実を公表されない法的利益が優越することが認められる場合には当該前科等に関わる事実を掲載した記事を掲載し続ける行為が違法と評価されると解すべきである。
(6)ア ①原告のその後の生活状況について
前記前提事実(2)及び前記1(2)のとおり,原告は,平成21年11月26日,本件不正取引を理由に逮捕され,同年12月16日に起訴され,平成22年4月5日,有罪判決を受けたが,その後,平成26年4月19日の経過をもって執行猶予期間4年間が経過し,刑の言渡しの効力が失われている。また,現在,原告は,本件刑事事件当時勤務していたBではない別の会社に勤務し,本件刑事事件の影響を受けない生活を開始していることが窺われる。これらの事実によれば,原告については,本件刑事事件後に形成した新たな社会生活を平穏に送っており,更生を妨げられない利益を有するものというべきである。
イ ②本件刑事事件それ自体の歴史的又は社会的意義について
他方で,前記前提事実(2)及び前記1(3)のとおり,本件刑事事件は,株式のインサイダー取引という我が国の経済秩序を揺るがしかねない犯罪であり,特に,事件の対象となった取引株式数や代金額の大きさなどから,重大な犯罪であったといえるし,原告の逮捕,刑事告発,起訴,初公判,求刑,判決と事件のあらゆる段階で,発行部数が相当数ある全国紙やテレビなどで大々的に報道されていたものであり,社会的に大きく注目された事件であったということができる。
また,前記1(3)ウのとおり,本件刑事事件を契機に,未公開の内部情報の1次情報受領者のみを規制対象としていることへの是非について問う記事が投稿されるなど,本件刑事事件は,社会的な意義も存在するものであったということができる。
ウ ③原告の重要性及び④原告の社会的活動及びその影響力について
前記1(1)のとおり,原告は,本件刑事事件が発生する前から,外資系大手生命保険会社として著名なBのトップセールスマンとして一定の知名度を有し,企業経営者らに広い人脈を有していたのであるから,通常の一般人が起訴された場合よりも社会的な影響力があったということができる。
エ ⑤本件各記事の目的や性格等に照らした実名使用の意義及び前科等に関わる必要性について
(ア) 記事1について
前記前提事実(3)イのとおり,記事1は,平成21年12月2日,C株式のインサイダー取引に関して逮捕された原告について,別途,D株式でも不正取引をした疑いがあることを報道するものであり,その中で,原告の逮捕・起訴の事実を記載している。前記1(4)アのとおり,同記事は,「△△」というブログで気ままにつづられたものであるものの,その内容は,前記前提事実(3)イ及び前記1(3)のとおり,他の新聞等で報道されている事実に加えて,原告が,Bの保険外交員という様々な情報を持つ職業にいながら,本件刑事事件を起こしていることから,未公開の内部情報等を知りうる立場にいる人間のモラルが重要になる旨の雑感を述べている。
してみると,記事1は,未公開の内部情報に通ずる立場にあった原告がインサイダー取引という未公開の内部情報を悪用する不正取引に加担したことについて,そのモラルを問うという目的を有していたということができる。
したがって,記事1において原告の実名を使用する必要性及び意義が認められるといえる。
(イ) 記事2について
前記前提事実(3)エ及び前記1(4)イのとおり,記事2は,本件刑事事件とは関係のない,理想のリーダー像に関する質問に対する回答であり,記事2では,リーダーになるための参考となる書籍を紹介する中で,原告も同じ本を読むことを勧めていたとして,原告の実名及び逮捕・起訴の事実を記載している。
前述のとおり,原告は,外資系大手生命保険であるBのトップセールスマンとして知られていたことや社会の耳目を集めた本件刑事事件の被告人として広く名前を知られていたことに鑑みれば,回答者が勧める本の注目度を増すために,良くも悪くも華やかな経歴を有する人物である原告の実名や逮捕・起訴された事実を記載する必要がなかったとはいえない。
したがって,記事2において,原告の実名使用の必要性及び意義が全くなかったとまでは認められない。
(ウ) 記事3について
前記前提事実(3)エ及び前記1(4)ウのとおり,記事3は,本件刑事事件とは関係のない,高収入のサラリーマンになるには,原告の出身大学であるE大学を含むどの大学に進学するのが適切かという質問に対する回答であり,記事3では,人生で大切なのは,収入の多寡ではないことを説明した後に,付加する形で,E大学出身の原告がインサイダー取引で逮捕・起訴されたことを紹介して,収入を追うことの弊害を回答している。
上記回答の趣旨からすれば,質問者が進学先の候補とするE大学出身者で,かつ,インサイダー取引という不正取引によって結局は逮捕・起訴された原告の実名を例として挙げることが不当であるとまでは言い難く,原告の実名使用の必要性及び意義は一定程度認められる。
(エ) 記事4について
前記前提事実(3)エ及び前記1(4)エのとおり,記事4は,よい企業に就職するためには,原告の出身大学であるE大学を含むどの大学へ進学するのが適切かという質問に対する回答であり,原告がE大学▲▲部◆◆学部出身で,Bの営業で年収が1億5000万円であること,原告の実名を挙げて原告のような大物のいるE大学▲▲部が進学先としてよいことを回答し,原告は,逮捕・起訴されたことを付言している。
上記回答の趣旨からすれば,E大学▲▲部を推薦しつつ高収入の原告の実名を挙げることで回答に具体性を持たせた反面,逮捕・起訴の事実を挙げて公平を保とうとすることが不当であるとまでは言い難く,原告の実名使用の必要性及び意義は一定程度認められる。
(オ) 記事5及び6について
前記前提事実(3)ウのとおり,記事5は,証券取引等監視委員会が,原告以外にも,原告のBの顧客らも未公開の内部情報を利用して,不正取引により利益を得ていたことが疑われるとして摘発を考えていたものの,未公開の内部情報の1次情報受領者でなければ,インサイダー取引として摘発できないことに法律の壁があり,摘発を断念したというものであるところ,同記事の目的は,原告の他にも不正取引により利益を得ている者がいることを問題視し,上記法律の壁に疑問を投げかけることにあると考えられる。そうすると,同記事の目的のためには,その前提として原告の実名を公表する必要性及び意義が認められる。
そして,前記1(4)オのとおり,記事6は,記事5の掲載されたウェブページを開くための見出しであるから,記事6に記事5の一部として,その冒頭に記載のある原告の実名及び逮捕・起訴の事実が掲載されることはやむを得ず,実名使用の必要性及び意義は否定できない。
(カ) 記事7について
前記前提事実(3)アのとおり,記事7は,原告が逮捕された当日にその事実を報道するものであるところ,犯罪事実にかかる報道においては,一般に実名報道をする必要性と意義が認められる。
(キ) 小括
以上の事実に鑑みると,本件刑事事件の重大性,原告の社会的地位,社会的注目度及び本件各記事において実名を使用して前科等に関わる事実を公表する必要性及び意義を考慮すると,原告の逮捕・起訴の事実を公表し続ける利益は未だ大きいということができる。
オ ⑥時の経過による本件各記事が掲載された時の社会的状況とその後の変化,現時点において実名を使用して前科等に関わる事実の記載を継続する必要性について
前記アのとおり,原告は執行猶予期間を経て,Bとは別の会社に勤務しているものの,前記イのとおり,本件刑事事件が重大な犯罪で社会的に大きく注目された事件であったこと,その後,本件刑事事件の判決言渡しから現在まで,6年8か月程度が経過しているものの,前記ウのとおり,通常人以上に社会への影響力がある原告が起こした,社会の耳目を集め,社会的な意義も有する本件刑事事件については,その存在が風化するには相当の期間を要すると考えられるから,本件刑事事件の判決言渡しの時から6年8か月程度経過しただけでは,原告の逮捕・起訴の事実は,今なお公共の利害に関する事実といえるから,本件刑事事件をめぐる社会的状況が現在までに変化してその意義が失われたとか,風化したとは認められない。
してみると,現時点において,原告の実名を使用して前科等に関わる事実の記載を継続する必要性が失われたとは認めることができない。
カ ⑦表現の自由に与える萎縮的効果について
記事1,5,6及び7は,一旦は適法に行われた報道に関するものであり,これが本件においてみられるような7,8年の時の経過により違法となると表現の自由に与える萎縮的効果があることは否定し難い。
キ まとめ
原告の前科等の事実が実名で記載され続けることによる原告の主張する不利益は,逮捕・起訴の事実を原告の知人等に知られるかもしれないという抽象的不利益ないし不安であり,具体的なものではないことを踏まえると,原告が本件事実の公表により被る不利益は未だ抽象的な段階にとどまっているものといえ,その不利益の程度は,必ずしも大きいとはいえない。
以上のとおり,原告の前科等に関わる事実を公表されない法的利益と本件各記事を掲載し続ける理由に関する諸事情を比較衡量すると,原告の前科等に関わる事実を公表されない法的利益が優越しているとは認めることはできない。
したがって,原告から記事の削除請求を受けた被告らにおいて本件各記事を削除せずに掲載し続けることが,原告主張の各時点において,原告のプライバシーを侵害し,原告の更生を妨げられない利益を侵害する違法なものであるということはできない。
第4 結論
よって,その余の争点につき判断するまでもなく,原告の主位的請求及び予備的請求は,いずれも理由のないことが明らかであるから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

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