弁護人の援助を受ける権利
被疑者国選制度がスタートしてから、弁護人の援助を受ける機会が増えた被疑者が多く、また被疑者国選対象から漏れているものについては日弁連委託事業の被疑者援助というボランタリーな制度を利用することができます。従前は、被疑者の身柄の調整をめぐって争いが絶えなかったようですが、接見交通権への理解、接見設備の充実など比較的ポジティブな方向に解決が図られようとしています。いずれにしても、被疑者は身柄を拘束している場合、自分では動くことができないことから弁護人選任権は、弁護人に依頼する出発点となります。
第12編 弁護人の援助を受ける権利(寺崎159,白取180)
第1 弁護人の選任
1 弁護人選任権
(1) 定義
弁護人選任権とは,刑訴法で保障された下記の権利の総称をいう
① 被告人の弁護人依頼権(憲法37条3項)
② 被疑者の弁護人依頼権(憲法34条,刑訴法30条1項)
* 憲法34条は,逮捕・勾留中の被疑者に限るが,刑訴法は問わない
③ 被疑者・被告人の近親者などの弁護人選任権(刑訴法30条2項)
⇒ 弁護人選任権は,被疑者・被告人が自らの自由や権利を防御するために,弁護士の実質的な援助を求める権利
* 接見交通が特に重要!
(2) 選任権者(30条)
(3) 弁護人の資格(31条)
(4) 選任の方式(32条)
* 32条の公訴の提起前にした弁護人選任の効力が第1審においても及ぶためには,法は要件を課していないにもかかわらず,規則17条は,「弁護人と連署した書面」の提出を要件とし,限定が付されている
(5) 弁護人の数の制限(35条)
2 被告人・被疑者の国選弁護制度(寺崎46,白取181,241,42)
(1) 被告人の国選弁護制度
刑訴法は,被告人が自ら弁護人を依頼できないときは,国でこれを付するという憲法上の保障(憲法37条3項)を具体化(36条)
(2) 被疑者の国選弁護制度
ア 導入の経緯
当番弁護士制度の発足と定着
⇒ 篤志の弁護士の正義感に依存!
イ 制度の概要
(ア) 憲法との関係
憲法34条の弁護人依頼権の保障の趣旨を受けて,その権利の実効化を図るため,立法政策としてその範囲を被疑者段階に拡張したもの(大澤)
*イメージ
憲法37条3項 刑訴法36条
憲法34条 × 立法政策 刑訴法37条の2
(ただし,趣旨を活かすもの)
(イ) 国選弁護の対象事件(37条の2第1項)
① 重大事件
死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁固にあたる事件
② 被疑者に対して勾留状が発せられていること
③ 私選弁護人が付いていないこと
(ウ) 国選弁護の2つの類型
① 請求による選任
② 職権による選任
第2 身体拘束中の被疑者と弁護人との接見交通権
1 意義
接見交通とは,身体を拘束されている被疑者・被告人が,弁護人や家族など外部の者と面会することをいう(39条)
2 機能・役割
① 被疑者は,弁護人から今後の手続の流れについて情報を得られる
② 被疑者は,外部の者と面会でき,接見により精神的援助を受ける
③ 弁護人は,接見を通して被疑者の取調べの適正さを監視・抑制する
④ 被疑者は,弁護人と打ち合わして,反証の準備をする
3 問題の所在
(1) 問題の所在
捜査機関は,自白獲得のために被疑者の身体を拘束し,外部と遮断された状況に置くこと(インコミュニカード)は許されない点に争いはない[1]。問題は,逃亡・罪証隠滅の防止,捜査の必要性と接見交通との調整をどのように考えるべきか
(2) 立法政策による調整
*弁護人以外の者との接見
弁護人等 | 弁護人等以外 | |
条文 | 刑訴法39条 | 刑訴法207条⇒80条,81条(勾留中のみ)
*逮捕中の被疑者は弁護人以外との接見の権利はない! |
捜査官の立会 | 不可(=秘密交通) | 可能(施設法116条,218条)
*秘密交通はできない |
制限 | 捜査官による接見指定 | 裁判官による接見禁止(接見禁止の措置も可能) |
4 接見指定の要件
(1) 「捜査のため必要があるとき」の解釈
ア 限定説(平野)
捜査に被疑者の身体を用いるために事実上接見に支障がある場合
イ 非限定説(捜査全般説,河上和雄説)
捜査全般から見て,罪障隠滅の防止などを含め捜査の必要性があれば接見指定ができる
ウ 捜査全般説に対する批判
① 憲法34条1項との関係
憲法34条は,弁護人依頼権を保障し,これは,弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているところ,刑訴法39条1項の接見交通権の保障は,憲法の保障に由来する
⇒ 接見交通権は,憲法の保障を具体化する側面を持つので,それを制限する接見指定は,例外的な場合に限られるべき!
② 刑訴法81条との対比
弁護人以外の者との接見制限については,逃亡・罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由の存在が要件とされているが,これは裁判官の権限とされる(81条)。これと対比すると,利害対立の当事者である捜査機関に委ねられる接見指定はより限定した場合にしか許されないはず
* 捜査全般説は間違い!
(2) 判例の展開
ア 杉山事件(最判昭和53年7月10日民集32巻5号820頁)
「現に被疑者を取調べ中であるとか,実況見分,検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」
* 杉山事件判決は,憲法論を展開し,「弁護人等の接見交通権が・・・憲法上の保障に由来するものであることにかんがみれば,捜査機関のする右の接見などの日時の指定は,あくまで必要やむを得ない例外的措置」でなければならないとする。そして,例示として挙げられるのは,『限定説』が挙げる例示そのものであった(⇒ 判例は限定説を採ったという理解が広がる)
イ 浅井事件(最判平成3年5月10日民集45巻5号919頁)
「捜査の中断による支障が顕著な場合には,捜査機関が,弁護人等の接見等の申出を受けたときに,現に被疑者を取調べ中であるとか,実況見分,検証等に立ち合わせているような場合だけでなく,間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって,弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは,右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含む」
(⇒ 限定説の示す例示には,下線部は含まれていないので,浅井事件は,非限定説に一歩近付いたと評価できるが,基本的に判例は,身体拘束を利用する捜査の必要性に着目し,限定説に準じた理解をしていると評価される)
* 将来の予定にとどまる場合,接見の申出に対応した変更が行いやすいので,捜査に顕著な支障が生じる可能性は類型的に低い(川出)
ウ 安藤=斉藤事件(最大判平成11年3月24日民集53巻3号514頁)
「弁護人等から接見等の申出を受けた時に,捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分,検証等に立ち合わせている場合,また,間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって,弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは,右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは,原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生じる場合に当たると解すべき[2]」
* 浅井事件の説示に加えて,安藤=斉藤事件では,「など」が新たに付された。また,捜査は中断しなくても「顕著な支障」があれば足りるようになった。これにより,判例は非限定説に判例変更になったと河上和雄は勝手に絶賛!
エ 安藤=斉藤事件をめぐる論争
(ア) 判例は,身体拘束の必要がある場合に限られない趣旨を明らかにしたとする見解(パワーアップした河上和雄説)
「事件の内容,捜査の進展状況,弁護活動の態様など諸般の事情を総合的に勘案し,弁護人等と被疑者との接見が無制約で行われるならば,捜査機関が現に実施し,又は,今後実施すべき捜査手段との関連で,事案の真相解明を目的とする捜査の遂行に支障が生じるおそれが顕著と認められる場合も含む」
(イ) 限定説理解からの捉え方(大澤)
大法廷判決が,身体の利用の調整という視点を超えて,より広く接見指定を許す趣旨かは疑問
⇒ 大法廷判決の「取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生じる場合」という表現は,単に,「間近い時に取調べ等をする確実な予定」がある場合を含めたワーディングを模索した結果にすぎない[3]
オ まとめ[4]
39条3項の制度趣旨は,捜査官は,限られた時間的制約の中で起訴・不起訴の判断をしなければならない時間的制約があるために,被疑者の取調べなどの捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る点にある
⇒ 指定が許されるのは,「接見によって時間的ロスを被る捜査」に限られる。接見によって時間的ロスが生じるのは,「被疑者の身体を利用する捜査の必要がある場合」のみ!!
(3) 接見指定をめぐる若干の問題―取調べの予定があることが絶対か
ア 問題の所在
接見指定の可否が争われる少数の事件というのは,通常,連日,長時間の取調べが行われるような事件であろうから,仮に,取調べが現に行われていたり,又は,その間近で確実な予定がありさえすれば,それが常に接見交通権に優先するということになると,実際は,捜査全般説と変わらず,接見は常に取調べなどのわずかな合間にしか認められないということになりかねない
イ 考え方
● 接見は,取調べのわずかな合間にしか認めるべきではない
× 接見指定制度の趣旨⇒取調べなどの捜査の必要と接見交通権の調整
○ 単に,時間的に競合しているだけではなく,「その間の接見を認めることが,当該事案の具体的状況に照らして,実質的にも,捜査に顕著な支障をもたらすか否かを検討すべき」(川出)
⇒ 捜査官が間近い時期に取調べの予定があることを理由に接見指定をした場合であっても,「弁護人に一時接見させても,実質的に捜査に顕著な支障が生じない」場合は,「捜査のために必要」(39条3項本文)の要件が欠ける!
第3 接見指定の方式
1 一般的指定制度
(1) かつての捜査実務(捜査全般説を前提)
① 一般的指定書
⇒ 検察官がまず一律かつ全面的に接見を禁止する 大臣訓令で
② 具体的指定書 許可制を
⇒ 具体的指定書によって個々に禁止を解除する仕組み 敷いたのに
等しい!!
(2) 判例
ア 弁護人からの理解
憲法34条及び刑訴法39条3項は,原則的に自由交通を認めているので,接見指定は接見申出時点の捜査状況を考慮して,例外的に行うことができるにすぎない。しかるに,一般的指定制度は,接見指定の「捜査のために必要」という要件の判断は,一般的指定の段階で抽象的に行われている。したがって,弁護人は,具体的指定書を持参しない限りは,接見は原則的に禁止されることになる。これでは,弁護人が接見申出をした時点における具体的な捜査状況が考慮されないままで接見が禁止されていることになる。
したがって,一般的指定制度は違憲,違法である
イ 判例(最判平成3年5月31日判時1390号33頁[若松事件])
「一般的指定書は行政機関内部の事務連絡文書にすぎず,それ自体は弁護人又は被疑者に何ら法的効力を与えるものではない」
⇒ 監獄の留置担当者は,ここの事件における捜査の必要性を判断できる権限がないから,弁護人が接見にやってきた場合は,留置担当者は検察官に連絡を採るように要請しておく必要がある。そこで,判例は,「一般的指定とそれに伴う措置を全体として見て接見禁止の状態が生じているか」を問題とする[5]
2 現在の捜査実務
(1) 一般的指定書の廃止
「接見などの指定に関する通知書」
⇒ 弁護人に対して,具体的指定書を持参することを求めることにこだわらず
* 弁護人が「具体的指定書」を持参しないという理由で接見が拒否されることはなくなった
(2) 通知事件と接見指定
権限のある捜査機関への連絡とその指示
(3) 指定の方法
弁護人が直接に監獄に赴いた場合は,監獄の担当者が速やかに検察官に連絡をとったうえで,検察官が接見申出時点で指定の要件の有無をその都度判断することになる
⇒ 指定の方法は,書面又は口頭のいずれか適切な方法
(4) まとめ
結局,一般的指定の場合は,許可の禁止を解くための具体的指定書の交付に時間がかかりすぎ,その結果,接見禁止の効果が生じるなどして,憲法問題として扱われたわけであるが,現在の運用では,そもそも,一般的指定はなされないので,検察官が不在の場合は,指定がないものとして接見することができるようになった。また,監獄の担当者が検察官に確認する場合であっても,従来のように弁護人は具体的指定書を取りに検察庁へ行く必要が方法の柔軟化でなくなった。したがって,現在の運用の下では,「接見禁止」の効果が生じることはなくなり,問題は基本的に解決されたものと解される
第4 指定の内容
1 合理的時間の確保
* 浅井事件
「弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ,かつ,その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべき」
2 初度の接見
(1) 判例(最決平成12年6月13日民集54巻5号1635頁)
「身体を拘束された被疑者にとっては,弁護人の選任を目的とし,かつ,今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって,直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから,これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のための特に重要」
∵ 初度の接見が被疑者の防御に最も重要であるのに,即時又は近接した時間に接見が認められずに取調べが続けられることを許すと憲法34条の保障が画餅に帰する(調査官)
⇒ 初回接見に対する本件「指定」を刑訴法39条3項に違反すると判示
* この判例は,「捜査のため必要があるとき」の要件が具備されても,39条3項ただし書きに該当する場合は,接見指定が許されないとするものではなく,できる限りの配慮が必要とする趣旨
* 初度の接見について,捜査官は捜査に顕著な支障が生じることを避けることができるかを検討すべきだが,検討の結果,不可能な場合もあることが前提となる
(2) 初度の接見という防御上の利益と捜査の必要性の調和点
ア 判断枠組み
接見指定が被疑者の防御をする権利を不当に制限するか否かの判断
⇒ 申出がなされた接見の重要性と,それを認めた場合に生じる捜査への支障の程度の双方を考慮したうえでなされる(捜査の必要性も身体を利用した捜査の必要性に限られることは言うまでもない)
イ プラクティス
事案 | 考え方 |
被疑者が重要な証拠物の所在を自白し,それに基づいて被疑者を同行させて証拠物を収集する場合 | 緊急性があり利益衡量上防御を害しない典型例 |
重大事件について,被疑者がまさに真相に迫る供述を始めたときなどに,供述が一段落して調書が作成されるまで接見を遅らせる場合 | 適法説(田中開)
違法説(川出説) |
● 弁護人と接見し,被疑者が供述しなくなると捜査に顕著な支障
×① 被疑者が捜査機関から取調べを受けるに当たり,被疑者がどのように取調べに望めばよいのか弁護人から助言を受ける初めての機会
② 取調べにどう望むのかのかの被疑者の自己決定権に資するための初度の接見であるのに,それを取調べによる自白の獲得を優先させることは矛盾
③ そもそも,糾問的な取調べで自白を迫られている被疑者にとって,最も弁護人の助力が必要な場面で接見指定がなされることが,なぜ被疑者の防御の準備をする権利を不当に侵害しないのか疑問
○ 取調べの場合であれば,初度の接見が優先し,これに反すれば,39条3項ただし書きに反すると解すべき(川出説[6])
第5 起訴後の余罪捜査と接見指定
1 問題の所在
刑訴法39条3項は,身体の拘束を受けている被疑者・被告人とその弁護人等との接見に関し,検察官等の捜査機関が,「捜査のため必要がある」として,その目時,場所及び時間を指定し得るのは,「公訴の提起前」に限られている。
したがって,公訴の提起後に,その対象となった被告事件そのものを根拠として,被告人と弁護人等との接見に関し,日時等を指定することが許されず
⇒ 同一の被告人について,さらに余罪として被疑事件が存在する場合に,その捜査のための接見指定が許されないか?
2 判例
(1) 余罪について身体拘束されていない事案(最決昭和41年7月26日刑集20巻6号728頁)
「およそ,公訴の提起後は,余罪について捜査の必要がある場合であっても,検察官等は,被告事件の弁護人または弁護人となろうとする者に対し,同39条3項の指定権を行使しえないものと解すべき」
⇒ 公訴提起後における余罪捜査のための接見指定権を一般的に否定する趣旨にも読み得る判示をしたが,41年決定は,被告人が余罪たる被疑事件については逮捕も勾留もされていない事案に対するもので射程に争い!!
(2) 余罪について被疑者として勾留されている場合
ア 余罪につき接見指定はできるが,起訴事実についてはできないとする見解(岐阜地決昭和38年6月1日下刑集5巻6号635頁)
∵ 接見指定は逮捕・勾留の理由となっている被疑事件を単位としてなされるという見方を押し進めたもの
×① 観念的
② 捜査全般説とは整合するが,限定説とは整合しない[7]
③ 起訴事実についての接見であっても,被疑者の身体が弁護人に利用されてしまうので,捜査に支障が生じるのは同じ
イ 接見指定はできないとする見解
ウ 接見指定はできるとする見解
(3) 判例(最決昭和55年4月28日刑集34巻3号178頁)
ア 判旨
判例は,被疑事件,被告事件両方に勾留令状が競合して発付されている場合には,「被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り」,検察官は接見指定権を行使できる」とする
イ 判旨の理解の対立
(ア) 問題の所在
55年判例のケースでは,弁護人は被疑事件と被告事件との弁護人を兼ねていた。そこで,55年判例の射程は,「被告事件のみの弁護人」には及ばないとする主張が登場した
A説 そもそも,39条3項が「公訴の提起前に限り」接見指定ができるとしている趣旨は,起訴後は,被疑者は被告人にレベルアップし,防御の重要性が質的に変わるからと解すべき
⇒ 被告事件のみの弁護人とは,接見指定することは許されない
B説 そもそも,捜査機関は限られた時間制限の中で起訴・不起訴の判断をしなければならないので,被疑者の身体を利用した捜査がなされると捜査に必要な時間が確保されないために接見指定権が認められている。そうだとすれば,39条3項が「公訴の提起前に限り」接見指定ができるとしているのは,起訴・不起訴の判断が終了した公訴提起後はこうした時間的制約がなくなるからである
⇒ 被疑事実と競合している場合については,被疑事実について起訴・不起訴の判断をするための時間的制約が必要となるのであるから,被告事件のみの弁護人との関係でも,やはり接見指定ができる
(4) 被告事件のみ選任された弁護人の場合(最決平成13年2月7日判時1737号148頁)
ア 判旨
同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の勾留が競合している場合,検察官は,被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り,被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても,同法39条3項の接見等の指定権を行便することができるのであるから(最高裁昭和55年・4月28日第一小法廷決定・刑集34巻3号178頁参照),これと同旨の原判断は相当
イ 検討
本決定は,「被告事件のみについて選任された弁護人に対しても接見指定できる」という趣旨を判示したにすぎず,39条3項ただし書きに該当することがあることまで否定する趣旨ではないと解される。大澤も,「被告人の接見交通権が,被疑者の接見交通権に比し,より強固に保障されるべきものであるとすれば,被疑者の接見交通権との関係ですでに『必要やむを得ない例外的措置』と限定的に解されている捜査機関の接見指定が,被告人の接見交通権に譲歩を求め得るのは,より例外的場合に限られよう。『被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り』の要件は,純然たる被疑者との関係での刑訴法39条3項の要件よりも,一層厳格なものとして理解される必要がある」と指摘している。利益調整における比較衡量では,違法に触れやすいという趣旨であろう[8]
[1] 言うまでもないが,弁護人の接見申出に対して,捜査機関が「自白させたいから,弁護人と会わせたくない」という目的で接見指定すれば,インコミュニカードの目的に基づくものであり,違法である。
[2] 演習199によると,この下線部の部分も河上の論拠とされている。すなわち,浅井事件では,「捜査の中断による支障が顕著な場合」というワーディングがなされていた。そうすると,浅井事件以前の判例は,「弁護人の接見交通により捜査が中断されてしまうもの」のみを「捜査のため必要があるとき」(39条3項)の判断の際に考慮してきたとの理解が成り立つ。突き詰めて考えると,浅井事件が想定していたのは,「弁護人の接見により中断する捜査」=「被疑者の身体を利用する捜査」のみということになると解される。ところが,安藤=斉藤事件は,「取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合」とワーディングした。そうすると,この判例は,「捜査が中断されること」を問題視しているのではなく,「捜査に支障が生じること」を問題視しているとの理解が成り立つ。そうだとすれば,「捜査に支障が生じること」ならば,「取調べの中断」という命題は成り立たなくなる。そこで,捜査に支障が生じるのであれば,それは「身体の利用の調整」という視点には限られないとの論理が導かれる。河上はこの点を突いて,被疑者の身体利用の必要とは別に,接見指定が許されるべきであり,そのように解するのが最高裁の趣旨に沿うと主張する。
[3] たしかに,浅井事件が説示する「弁護人の接見交通により捜査が中断されてしまうもの」というワーディングは,弁護人が接見交通をすることにより,捜査官がしている取調べを中断せざるを得ない場合を典型として想定している。しかし,浅井事件が,「間近い時」まで包含させたところ,これは将来の話しであるので,現在している取調べが中断するわけではない。そうすると,最高裁はただ適切なワーディングに置き換えただけで,そこに特別な意味はないと解するのが相当であろう。
[4] 思考手順としては,弁護人との接見によって中断する捜査は何かをまず考えるべきである。しかるところ,弁護人と被疑者が接見をすることにより,現実に捜査が中断に追い込まれて顕著な支障が生じるという捜査は実は多くない。別に弁護人と被疑者が接見をしている傍らで捜査官は客観証拠の収集に精を出せばよいだけである。したがって,この問題の基本は,「被疑者の1つの身体をめぐる争い」にあるという点に何ら変化は生じていない。なお,疑問に思ったのは,遺憾ながら,私見も河上和雄説には若干の理由がないわけではないとも思えた。というのも,逮捕・勾留の目的からすれば,「逃亡及び罪証隠滅のおそれ」を排斥した状態で,起訴・不起訴に向けた捜査を行うという視点からすれば,罪障隠滅のおそれがあれば,捜査に支障が生じるということはたしかにあり得るからである(しかも,この理解は,川出敏裕の別件逮捕・勾留の時間制限の理解とも平仄が合ってしまう)。そうすると,抽象的な罪証隠滅のおそれがあるのみでは接見指定をすることは妥当ではなく,この点でかつての河上和雄説は採用の限りではない。次に,パワーアップ後の河上和雄説は,具体的な罪証隠滅のおそれがあるという場合を包含させるべきとの主張である(すなわち,弁護人が接見を申し出た時点で,「弁護人と被疑者が結託して証拠隠滅を図る具体的なおそれ」があるという場合である。この点で,河上自身,かつての捜査全般説とは決別しているといえよう)。この点について案じてみると,やはり刑訴法81条との対比という理由が一番大きいのではないだろうか。すなわち,弁護人以外は接見禁止にできるわけであるから,その際の要件は「罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」であるが,これを捜査官に判断させると,弁護人以外の接見よりも弁護人の接見の方がより事実上,接見禁止がなされやすいという本末転倒な事態になり兼ねない。そもそも,弁護人が罪証隠滅に協力する主体と理解している点にも問題があるように思われる。このように考えてくると,やはりパワーアップした河上和雄説も採用の限りではないと解すべきである。なお,川出自身は,杉山事件判決は,接見指定制度を被疑者の身体拘束に時間的制約があることから,それをめぐる捜査の必要と接見交通権との調整を図る制度として位置付けている。したがって,接見指定の理由となる捜査の顕著な支障も,「被疑者の身体を利用した捜査ができないことによる支障」となるとして,その前提からは,「罪証隠滅の防止のように,被疑者の身体の利用とは直接に関係しない事由に基づく接見指定を正当化するのは困難」であるとしている。たしかに,時間制限の趣旨から考えれば河上説も理解できるが,現在は,接見指定制度を検討しているのであり,そこでは,罪障隠滅という点は考慮されていないとするのは,制度が異なる以上,矛盾はないと考えることも可能なように思われる。したがって,川出説の理解からも,河上和雄説は採用の限りではないということになるのであろう。
[5] すなわち,一般的指定書が監獄の担当者に対して,「弁護人が来たら検察官に連絡して欲しい」という通知を目的としており,かつ,実際にも弁護人が直接に監獄に赴いた場合に監獄側から指定権者への連絡と指定権者による指定の要件の判断が速やかに行われるのであれば,一般的指定は接見を禁止する効果を持たない。したがって,その限りでは,行政機関内部の事務連絡文書にとどまるという理解を前提としている。したがって,一般的指定が接見を禁止する効果を有している場合は,一般的指定は単なる事務連絡文書とはいい難くなるということになり,杉山事件では,そのような一般的指定が違法とされているわけである。
[6] 寺崎166も,このケースでは,「被疑者の防御の準備と捜査の必要性との比較衡量を,より厳格に行う必要がある」とするので,川出説と同旨になると思われる
[7] この点は,どのような意味かというと,岐阜地決の思考を前提にすると,「余罪について選任された弁護人」は接見できないが,「起訴事件について選任された弁護人」は接見できるという帰結となる。大澤は,この2つの命題から,そうならば,「被疑事件について弁護人が助言すること自体を捜査の支障と見る見方に行き着く」とする。たしかに,接見指定制度の趣旨を被疑者の身体の利用調整という視点からみれば,起訴事件だろうが余罪であろうが弁護人が被疑者と接見すれば,被疑者の身体を弁護人に利用されてしまうので,捜査に支障が生じるというのは同じはずである。しかるに,起訴事件についての弁護人が接見指定を受けないで面会できるとすれば,そもそも,接見指定の制度趣旨は,「被疑者の身体の利用調整」ではなく,「被疑者が弁護人からアドバイスを受けると不都合だから」というインコミュニカード的な発想が接見指定の制度趣旨の背後にあるという発想に連絡する。このような思考は,なるほど,非限定説からすれば調和しうるものといえるが,限定説からは首肯できないということになるであろう(ただ,これは他の判例との整合性を言っているにすぎないので,決定的な理由付けにはならないであろう。というのも,大澤の主張は,「接見交通で捜査全般説が不当」だから,ここでは,55年判例の考え方が相当というのである。しかし,それは別の利益状況の問題であり,少なくとも,「起訴後の余罪捜査と接見指定」という利益状況では,被疑者としての地位を併有している被告人に起訴事件の弁護人は面会できるとした方が憲法の要請にもかなっているものと考えられる)
[8] 白取186は,13年決定を「法39条3項の解釈として疑問である」とするが,詰まるところ,大澤と問題意識を共通にしているものと解される。