弁護士コラム

刑事訴訟法

公訴提起の諸原則

第13編 公訴提起の諸原則

第1 刑事訴追権限の所在

1 糾問主義と弾劾主義

2 国家訴追主義と起訴独占主義(247条)

(1) 国家訴追主義とは,主として国家機関が原告となり,公訴を提起し公判 を維持するという立法政策のことをいう

(2) 起訴独占主義とは,公訴を提起し公判を維持するという職責をもっぱら検察官に委ねるという立法政策をいう

 

第2 起訴便宜主義

1 意義

(1) 定義

起訴便宜主義とは,検察官がその裁量によって起訴猶予処分をすることを認める立法政策をいう(248条)

(2) メリットとデメリット

メリット ⇒ 刑事政策的見地から処罰を必要としない場合には不起訴という弾力的な処理が可能

デメリット⇒ 起訴便宜主義と起訴独占主義が結びつくと,検察官の恣意や政治的考慮が入る余地を生じる

* 公訴権濫用論による訴追裁量統制の試みがある

 

2 犯罪事実の一部起訴

(1) 検察官の選択権

ア 原則的処理

原告官である検察官には訴因の設定権があり,検察官は捜査によって知り得た犯罪事実の一部だけを起訴する合理的裁量あり

∵ 検察官の不起訴裁量権限を法定した起訴便宜主義の規定(248条)と公訴取消し権限の規定(257条)は,検察官が起訴する場合においても,収集された証拠に基づいてどのような訴因を構成するかについて,処分権限ないし合理的裁量権限を付与(演習205)

イ 典型例

家屋に侵入して現金を盗んだという事実について,住居侵入の事実は起訴せず,その一部の窃盗の事実だけを起訴

ウ 合理的裁量権の行使の目的

① 争点が多岐に渡るのを防ぐため

② 立証が困難な部分を除く

③ 情状を考慮して軽い罪で起訴するため

* 一部起訴はこれまでマイナスイメージでとらえられることが多かったが,裁判員制度の導入により上記①及び②の観点からの一部起訴はより積極的な活用が期待される(杉田)

エ 最決昭和59年1月27日刑集38巻1号136頁

(ア) 事例

選挙運動員Bに買収資金として現金を交付した被告人Aは,交付罪で起訴され訴因としては交付罪だけが挙げられているが供与罪も成立した疑いがあるケース[1]

(イ) 判旨

「検察官は,立証の難易等諸般の事情を考慮して・・・交付罪のみで起訴することが許される・・・。裁判所としては,訴因の制約のもとにおいて,・・・交付罪の成否を判断すれば足りる」

⇒ 共罰的関係にある一部事実を訴因とする起訴を正面から認める![2]

* 最大判平成15年4月23日刑集57巻4号467頁

* 最判平成15年10月7日刑集9号1002頁

 

(2) 選択権の限界(白取202)

ア 問題の所在

強姦事件について告訴がない場合に強姦の手段を暴行罪として起訴できるか

イ 考え方

原則⇒当事者主義のもとでは,審判の対象の設定は検察官の専権

● 告訴がないとき強姦罪の一部たる暴行・脅迫のみ起訴することは許されず

⇒ 公訴棄却すべき(338条4号)

∵① このような訴追を許すと強姦罪が親告罪とされた趣旨が没却

② 強姦罪は親告罪とされることで被害者にも刑事訴追に関する処分権を付与した側面があるので,検察官処分主義は被害者の処分権によって限定・制約される

×Ⅰ 検察官処分主義を一貫させるべき

Ⅱ 罪数関係は,審判対象とされた訴因が認定された後の評価の問題であり,一罪の一部起訴であるかという観点を当然の前提として,裁判所が職権で,あるいは被告人側の主張により,姦淫の事実や強姦の事実の有無を審理することは,審判対象として提示されていない強姦事実についての告訴の欠如に意味を持たせるのは不当(⇒被告人に「オレがしたのは暴行でなくて,強姦!!」という不自然な訴訟追行を認めることになる)

Ⅲ 公訴棄却をするには,強姦罪にあたることを認定し判決する必要があるので,かえって強姦罪の趣旨が没却される

○ 暴行のみを取り出して起訴することも許される(大澤,演習206)[3]

* なお,実例26は,親告罪の一部起訴は裁量権の逸脱濫用として例外的に違法となるかという問題としてとらえている。そのうえで,上記ⅡないしⅢの論拠及び公訴権濫用論に関する判例が検察官の訴追裁量が違法となる余地を狭く捉えていることなどを説明し,親告罪の一部起訴も適法と結論付ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 検察官の事務処理

(1) 事件処理の実際

事件処理     中間処分     中止

                  移送

 

         終局処分     起訴       公判請求

                           略式命令請求

                           即決裁判請求

 

                  不起訴      狭義の不起訴

                           起訴猶予

 

 

                  家裁送致

 

* 平成17年(2005年)の検察官終局処理人員

  総数 起訴 不起訴 家裁送致
公判請 略式命令 起訴猶 その他
全犯罪 2,139,557 146,352 716,116 988,473 73,028 215,588
刑法犯 1,261,709 96,137 105,335 829,409 62,235 168,601
一般刑法犯 367,025 87,772 21,669 77,245 46,939 133,400

*一般刑法犯:刑法犯から交通関係業過事件を除いたもの

*全体の41パーセントほどが起訴猶予となりかなり起訴されるものを選別

⇒ 起訴猶予の多用

* 高い起訴基準

「有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に限って起訴する」(検察講義案)

 

(2) 意義と問題点

ア 積極的機能

① 具体的妥当な解決

② 刑事司法の効率化

イ 問題点

⇒ 刑事裁判のセレモニー化

 

 

 

 

 

第3 不当な不起訴の抑制

1 告訴人等への通知

刑訴法260条

刑訴法261条

 

2 検察審査会

(1) 現行制度の概要

一般国民から抽選で選ばれた11人の検察審査員が,検察官の行った不起訴処分当否を審査する。「起訴相当」(8人以上の多数)または「不起訴不相当」の議決がなされた場合には,検事正は,議決を参考に事件の処理を再考しなければならない

(2) 制度改革

ア 司法制度改革審議会意見書

「検察審査会の一定の議決に対し法的拘束力を付与する制度を導入すべき」

イ 平成16年改正(平成21年5月までに施行)

検察審査会による起訴相当の議決の後,検察官が再度不起訴の処分をし,これに対して検察審査会が改めて起訴議決をした場合,裁判所が指定した弁護士が公訴の提起・維持を行う

 

3 付審判請求手続(裁判上の準起訴手続)

公務員の職権濫用罪について,告訴又は告発をした者は,検察官が不起訴処分をした場合に,裁判所に対して,事件を裁判所の審判に付するよう請求することができる(262条以下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 不当な起訴の抑制―公訴権濫用論(寺崎199,白取210)

1 公訴権濫用論の意義

(1) 定義

公訴権濫用論とは,不当起訴を抑制する制度はないので,検察官が訴追裁量の範囲を逸脱し,起訴猶予すべき事件を不当に起訴した場合,これを裁判所が抑制・コントロールするための理論をいう

(2) 公訴権濫用論は必要か

寺崎200「形式的には何ら問題のない公訴提起であっても,その実質からすると,被告人に応訴義務を負わせることができない不当な起訴だとみられる場合に,裁判所が不当な公訴を棄却できるようにする理論」

⇒ 訴追裁量権の逸脱を中心に構成する理論は射程距離が短い!![4]

2 嫌疑なき起訴

⇒ 現実には,訴訟条件の話しで公訴権濫用論とは関係がない!

(1) 問題の所在

犯罪の嫌疑は公訴提起の条件かという公訴権の性格を考えるかに関わる理論的な問題

* 白取213は,検察官が嫌疑もないのに起訴することはあり得ないので実益のない議論という

(2) 積極説とその問題点

● 「有罪判決が得られる見込み」を公訴提起の要件とする見解

∵ 嫌疑のない公訴提起を受けている状態から被告人を早期に救済すべき

×① 実体審理との重複

② 捜査の肥大化

③ 公訴棄却すると再訴のおそれあり

⇒ 嫌疑がないのであれば無罪を言い渡すべき[5]

 

3 起訴猶予裁量を逸脱した起訴

⇒ 裁量統制の問題であることは確か!

(1) 問題の所在

法248条の訴追裁量権限を違法に行使し,本来起訴すべきではない事案を起訴した場合に,その起訴の違法を理由に,公訴棄却により手続を打ち切るべきではないか

* 問題の真相は,「可罰性が微弱なのに起訴された」という場合にある

 

 

 

(2) 学説の整理

● 訴追裁量の逸脱がある場合は,濫用があったものとして公訴権濫用論を肯定すべき(白取213,田宮226)

×① 実体審理との重複

② 他事件と比較すると争点が拡散し,訴因外の事情も争点化する

○ 「極限的な場合」に限られるべき

⇒ 大澤は,「極限的な場合」は,端的に,「起訴すること」という国家行為に着目して,憲法14条の適用違憲を主張する方がよいとする[6]

(3) 判例(最決昭和55年12月17日刑集34巻7号672頁)

「検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のあることは否定できないが,それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」

⇒ 判例は,「極限的な場合」以外は訴追裁量の逸脱について実質審理をすることを要しないという形で下級審に迅速な事件処理の指針を与えた

* 立法論的対処[7]

4 違法捜査に基づく起訴

* これは違法収集証拠排除法則が問題となるときに併せて考える

⇒ 間接構成説をとらない限り,公訴権濫用論とは関係がない(訴訟条件の話しと解される)

(1) 違法捜査に対する公訴棄却

① 逮捕の際の暴行

② 差別的捜査

③ 少年事件の送致遅延

(2) 違法捜査と公訴権棄却

● 間接構成説

検察官の訴追裁量権限,あるいは客観義務などを媒介にして違法捜査があった場合の起訴を訴追裁量の逸脱の問題としてとらえる

× 捜査が違法であるからといって,検察官の訴追裁量が収縮して不起訴にすべきとまではいえない

○ 直接構成説

捜査手続に違法があればそれ自体が訴訟障害事由となり得るので,公訴を無効にするという構成をいう

∵① 捜査手続の違法が公訴提起にも承継される

② 違法捜査の抑止

③ 司法の廉潔性

* 捜査の違法をもって公訴棄却と主張する場合は,裁量論を媒介させるのではなく,端的にそれ自体が妨訴抗弁になると主張した方がよい

∵ 大阪覚せい剤事件で違法収集証拠排除法則が認知されて以降は,重大な違法があれば,起訴前の違法が公訴提起の効力に影響を与えることは不自然ではなくなった。そこで,極限的な違法があれば,それ自体が訴訟障害事由となり得ると解する余地があると思われる(白取215)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5 裁判員裁判

1 導入の理由

「国民の中から選任された裁判員が裁判官とともに刑事裁判に関与することで,司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資するため」(裁判員1条)

⇒ 精密司法を改革するという期待の反面,捜査や証拠開示などの改革不十分

2 裁判員制度について

(1) 対象事件

一定の重大事件(殺人,強盗,放火,危険運転致死)(裁判員2条)

(2) 合議体の構成

裁判官3人と裁判員6人(裁判員2条2項)

* 例外で裁判官1人と裁判員4人の合議体あり(裁判員2条2項ただし書き)

3 裁判員の選任資格

(1) 資格

衆議院の選挙権を有する者(裁判員13条)

(2) 欠格事由

義務教育を終了していない者,禁固以上の刑に処せられた者,心身の故障のため職務の遂行に著しい支障がある者(裁判員14条)

(3) 就職禁止事由

国会議員,国務大臣,弁護士,司法書士,公証人など(裁判員15条)

(4) 不適格事由(裁判員17条18条)

被告人,被害者,被害者の親族,不公正な裁判をするおそれがある者

(5) 辞退事由

年齢70歳以上など(裁判員16条)

4 裁判員の選任手続

(1) 手続の流れ

①地裁は必要員数を市町村に割当て⇒②市町村の選管はくじで選定⇒③市町村は名簿を送付⇒④地裁は新たに名簿を作り通知を出す⇒⑤地裁は審判の見込みから呼び出す裁判員を決めて名簿からくじ引き⇒⑥くじによる選定に検察官及び弁護人は立ち会える⇒⑦期日の6週間前までに呼出し⇒⑧裁判員選任手続

(2) 裁判員選任手続

ア 被告人の出席可能(裁判員32条2項)

⇒ 裁判所が必要と認めたときのみ

イ 裁判長の質問(裁判員34条1項)

⇒ 資格・要件の有無について判断するための質問

ウ 全員質問方式(規則33条1項)

⇒ 出頭者全員に質問する

エ 検察官・弁護人の拒否権(裁判員36条)

⇒ 4人を限度として理由を示さないで不選任の請求できる

オ 裁判員の宣誓(裁判員39条2項)

⇒ 公平誠実に職務を行うことを誓う旨の宣誓



[1] 交付罪と供与罪は実体法の吸収関係にあると解されている。すなわち,公職選挙法は,選挙運動者に対する現金などの「供与罪」の前段階である一種の予備行為を「交付罪」として処罰するものとしている。Aは,軽い交付罪で起訴されたわけであるが,この事件はその後,Aの共犯者Cが「供与罪」で逮捕されるなどして,供与まで事件が発展した。この点,AとCとの間には,供与の共謀があるのではないかと疑われたので,Aは供与罪の罪責を負う可能性があったが,検察官は訴追裁量権を行使して,「交付罪」のみで起訴したのである。弁護人は,交付罪は,すでに供与罪に吸収されて起訴することができないのであり,交付罪による起訴は許されず,それ故に,公訴棄却をすべきと主張した事案である。

[2] 杉田宗久「訴因と裁判所の審判の範囲」百選[第8版]91頁は,一部起訴権の行使は,検察官の合理的裁量に基づいていなければならず,審理の過程で現れてきた実体的真実と訴因との関係の乖離が著しい場合は,「裁判所としては,検察官に対し,訴因に関し釈明を求め,場合により訴因の追加・変更を促したりすることは可能」とするが,それを超えて,「公訴提起自体が無効となるような事態があり得るかについては,別個の考察が必要」とする。たしかに,基本的には,裁判所がどのような場合に訴因変更命令を行うかのひとつのあり得る場合という性格が強く,そのことと公訴棄却という訴訟法的な効果を結びつけるのは論理に飛躍があるように思われる。

[3] 最大判昭和28年12月16日は,数人による強姦罪について告訴が取り消された事案について,強姦の手段である暴行を暴力行為等処罰に関する法律1条で起訴されることも許されるとしている。この判例に対しては,強姦罪を親告罪とした法の趣旨を潜脱するものであるとの批判が強いが,その後,刑法180条2項が追加されたために,この事案に関する限り問題は立法的に解決されている(白取202)。なお,大沢説に対して,杉田・前掲百選91頁は,「親告罪の上記立法趣旨や近時の被害者保護の動向に照らし,その所説には賛同することができない」としている。

[4] 1 公訴権濫用論と行政法学

たしかに,公訴権濫用論は行政法学における裁量統制論とパラレルの議論と解される。そして,248条の起訴便宜主義に挙げられる犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮要素として,「訴追を必要としない」との要件該当性を判断することになる。

(1) 公訴提起は処分か

まず,根本的に疑問であるのは,そもそも,公訴の提起というのは,処分であるのかという疑問もある。この点については,検察官の起訴によって被告人は応訴することを余儀なくされる地位におかれるのであるから,起訴は処分と評価することはできると解される。

(2) 訴追裁量の広狭はどれくらいか

次に,問題とされるのは,検察官の起訴裁量がどの程度広いかということである。この点,従来の議論は,検察官の裁量の広さを強調するものが目立つ。しかしながら,検察官は公益の代表者であるし,捜査官を指揮する立場にあり訴訟法的な視点を捜査に反映させ影響力を及ぼすこともでき,起訴・不起訴の判断を合理的に行えるだけの訴訟資料の収集を通常はなされている。このような点に照らせば,検察官の裁量は合理的裁量に限られていると解される。このことは,一罪の一部起訴においてなされる議論とも平仄が合うわけであり,異論のないところであると解される。そうだとすれば,論理的には,検察官が起訴・不起訴の判断をするかについて合理的な思考過程を経ていないとされる場合は,訴追裁量の逸脱・濫用があると解されてよいように思われる。

2 公訴権濫用論の問題点

ところが,問題はその先にある。突き詰めると,①裁量権の逸脱・濫用があることと,それがどのような効果に結び付けられるのか,また,②裁判所の審査が実際上可能であるのかということが刑事訴訟の構造との関係で問題となる。

(1) 公訴権濫用論の効果

まず,①の点についてであるが,この点では,すでにチッソ川本事件判決が,公訴権濫用論を否定するに等しい結論を導いている。

ア 刑事裁判の特殊性

たしかに,一般的に,ある行政行為に裁量権の逸脱・濫用があれば,それは当該行政行為の効力が否定されると解するのが一般的である。しかし,こと刑事裁判の場となると,すでに訴訟が展開されているところ,仮に,被告人が無罪判決を受けるということになれば,公訴棄却判決をするよりも,無罪判決を得る方が一事不再理との関係で有利といえる。つまり,訴訟手続という特色がその効果を無効とすることを妨げる可能性がある。また,決定的な差異は,行政行為の場合,行政処分がなされればそれにより義務の付加は終了し後は執行ないし履行確保が問題となるだけであるが,刑事裁判の目的は,国家刑罰権の存在の確認である。そうすると,検察官の起訴処分がなされたとしても,刑事裁判の目的とされる国家刑罰権の存在が確認されることを直ちに意味するわけではない。たしかに,被告人は応訴を余儀なくされるのは勿論であるが,それは民事訴訟などでもあり得ることであるから,その程度の負担で,なぜ故に起訴処分を無効にする必要があるのかという問題は生じるように思われる。

イ 起訴便宜主義との関係

刑訴法は起訴便宜主義を採用しているところであるが,諸外国の立法をみると,起訴強制主義を採用している立法政策を採る国も珍しくない。もし,公訴権濫用論を根底に置いて考えると,もとより起訴強制主義は検察官の合理的訴追裁量すら否定し,被告人に応訴の義務を負担させるものであり,違憲ということになるのであろうか。そうではないであろう。というのも,起訴強制主義の発想の根底は,有罪か無罪かを一事不再理効をもって確定的に決定すべきは裁判所であるという思考が根底にあろう。そうだとすれば,仮に公訴権濫用がなされて起訴がされても裁判所に判断してもらえるのであるから,別に問題にする必要もないのではないかという疑問も生じざるを得ないところである。

(2) 裁判所の審理の可否

次に,②の点であるが,もとより判断過程の統制型の審査をするということになれば,検察官の起訴・不起訴にまつわる判断が合理的であるかをその思考過程を明らかにして判断する必要が生じる。だが,刑訴法は起訴状一本主義の制約の下で,なぜ故に検察官が公訴を提起するに至ったかを説明することは許されないと考えられる。したがって,この点について,本案前に裁判官が釈明を求めたりすることは現実には無理であると解される。そうすると,裁判官は,検察官の思考過程が明らかではないにもかかわらず,いわば完全な推測に基づいてその思考過程の合理性を判断しなければならないということになる。このように見てくると,現実には,判断過程の統制型の審査を加えるというのも困難が多い。しかも,刑事裁判の場合,裁判所の審判の範囲は検察官の主張する具体的事実たる訴因に限られるのに,なぜ故に,その訴因と直接の関係のない検察官の訴追裁量行使の合理性の判断過程を審査することができるかについても疑問がもたれるように思われる。

3 公訴権濫用論のあり方

では,公訴権濫用論はどのようにあるべきであろうか。

(1) 公訴棄却という効果と結びつく場合

まず,公訴権濫用論は公訴提起自体を無効にして,公訴棄却を導くことはあり得るのであろうか。

例えば,おとり捜査の議論や違法捜査がなされた場合には,証拠能力を否定すべきであるという主張を超えて,公訴棄却をすべきとの主張がなされることがあるが,それらは,証拠能力の否定のみでは,司法の廉潔性や将来の違法捜査抑止が十分でなく,しかも,被告人の基本的人権を著しく蹂躙したというような場合であると一般的には言われている。そうすると,これらの議論との関係からすれば,公訴権濫用論が公訴提起を無効とするのは,やはり限られた場面でしかないということになるであろう。

(2) 現実にどのような類型で公訴権濫用論が主張されるか

ア 違法捜査が問題とされているケース

もとより,公訴権濫用論という主張はブラック・ボックスに入っていると言わざるを得ないものと解される。なぜなら,検察官が単に,起訴・不起訴をするかについての判断にミスがあったという程度で,公訴が棄却されるということはあり得ない。むしろ,これらの主張の真の狙いは,違法捜査がなされていたという場合や差別的な起訴がなされたという場合であると解される。つまり,検察官の起訴という段階にのみフォーカスをあてて考察するのは適切ではなく,むしろ,公訴権濫用論で主張されるのは,一連の捜査の流れの適否を問題にしているといえるのであろう。このように考えてくると,一般的に違法捜査がなされたという場合は,まず,違法収集証拠排除法則で対処すべきだが,公訴棄却がなされるという可能性は究極の場合は否定することはできないと解される。

イ 捜査や起訴には客観的に問題はないが,動機・目的が不当

問題は,不当な差別的な動機ないし目的の場合である。実は,この点は行政法学においても一つの問題とされている。

というのも,余目町児童公園事件の国家賠償事件では,「行政権の著しい濫用」という概念が用いられている。しかし,それは抗告訴訟レベルで果たして,要件該当性が認められるにもかかわらず,行政権の著しい濫用がある場合はこれを否定するという趣旨であると理解するには躊躇がある。なぜなら,客観的に公権力発動要件を満たしているにもかかわらず,不当な目的があればなぜ故に公権力の発動が阻止されなくてはならないかを論理的に説明することは難しいからである。そうすると,これを敷衍すると,刑事裁判において,検察官が差別的な動機・目的をもって起訴されるという場合であっても,検察官の主観的な動機・目的があることをもって,起訴処分を無効にするのは論理の飛躍があるように思われる。なるほど,行政法学においては,ムートネスの法理と呼ばれる目的拘束の法理が妥当するので,他事的な目的をもって公権力を発動することは許されないのはもちろんであるが,他事的な考慮の故に違法とされるのは裁量が広い場合であると解される。ところが,検察官の裁量は合理的な裁量であることが求められ,あえて伝統的な分類にあてはめれば,羈束裁量ということになるであろう。そうすると,羈束された裁量の中で検察官に他事的な目的があったとしても,それをもって起訴処分を無効にするというのは,行政法学の見地からしても難しいといわざるを得ないであろう。

4 結語~これからの公訴権濫用論のあり方

このように考えてくると,一つの結論にたどり着く。

(1) 裁量統制の厳格化

まず,一般論として,検察官の訴追裁量は合理的裁量であることを求められる。したがって,検察官の訴追裁量権の判断はある程度準則化して,特定の判断基準に基づいて判断するという方がよいかもしれない。この点,入管法における在留特別許可については,かつては自由裁量と言われていたが,現在では考慮要素が明確にされており,裁量権の逸脱・濫用があるとの判断例がつとに増えているところである。そうすると,まず,検察官の訴追裁量権は合理的であるかは,私見は厳格に判断していくことが可能であり,それはガイドラインのような形で示されるのが望ましいと解する。

(2) いかなる効果と結びつけるか

次に,その効果の問題であるが,余目町児童公園事件を案じれば,不当な検察の訴追裁量権の行使は国家賠償法上違法であるといわざるを得ないので,救済はこちらでなされるべきものと解される。接見交通に関する事案が国賠で争われるように,すべての刑訴法にまつわることが刑事裁判の中で争われなければならないという論理的根拠はないように思われる。そして,刑事裁判ではどのような効果があるかということであれば,不当な目的で起訴されたという場合であれば,無理な捜索などプライバシーを侵害する違法捜査が行われている可能性が高いと思われる。そうだとすれば,その点で証拠能力を争うというのが現実的な解決ということのように思われる。

(3) ある学者の主張

この点,寺崎200は,「すべて非類型的訴訟条件論の中で論じるのが妥当」であると指摘する。しかしながら,寺崎の主張に私見は賛成できない点もある。まず,効果の見地から考えれば,公訴権の行使に裁量権の逸脱・濫用があるからといって,それが直ちに公訴棄却を意味しないのであるから,訴訟条件の中で検討した方がいいというのは首肯できる考え方である。しかし,それ故に,検察官の訴追裁量についての合理性についての準則化を試みることは不要であるというような議論に直結するというのであれば,それは私見の賛成しないところである。結局のところ,公訴権濫用論が生じた背後には2つの社会的背景があろう。一つは,違法捜査ないし差別的な動機があるような,もとより論外ともいうべき捜査がなされ,それに引き続く公訴提起の場合,もう一つは,そのような事情がないにもかかわらず,なぜ故に自分が起訴されのか納得できないというケースである。特に,後者の観点から問題を提起する事案が多いのではないかと思われる。そのような観点からは,検察官の訴追裁量を明確化することは試みられて然るべきものといわなくてはならない。しかし,これと訴訟法上の効果が公訴棄却を導くかは,一応別問題であろう。

[5] 結局,この問題は,「嫌疑があること」が非類型的訴訟条件にあたるかという問題と考えられる。つまり,公訴権を濫用したのではないかという裁量の逸脱・濫用が問われているのではなくて,そもそも,「嫌疑があること」が訴訟要件であるという主張といえる。この点,「嫌疑があること」が訴訟要件ではないと解すると,たしかに,社会常識として起訴には一定の嫌疑が必要であるが,それは訴訟要件というわけではなく,したがって,手続打ち切りという訴訟法上の効果には直結せず,せいぜい国家賠償で争うしかないという議論になるであろう。

[6] この点,白取212も,「基本権侵害と認められるような公訴提起があったときは,違憲の応訴強制があったとして端的に(憲法14条を適用して)処理をすればよい」と解している。白取と大澤の主張は,適用違憲の余地を認めるが,それより下の裁量逸脱レベルで公訴棄却の余地を認めるかという点にあると解される。その意味で判例が「極限的な場合」というのも,実は憲法14条に違反するような場合が想定されていると解することもできよう。

[7] この公訴権濫用論が主張されてきたのは,「犯罪は成立するが,処罰するほどではない」という場合の適切な対処法,いわゆるディバージョンの可能性が少ないという点に原因がある。したがって,公訴権濫用論の功績というのは,これらの立法論的課題をあぶりだしたという点にある。この点,田宮227は,「不当ないし不必要な訴追を抑制・審査することは,迅速・効率的な公判進行のためにも,また被告人の手続的負担を避けるためにも必要であり,そのための制度が刑事訴訟法上も設けられるのが普通である。予審,公判開始審査,大陪審,裁判打ち切り,無条件釈放,宣告猶予などがそれである」。しかるに,「わが国にはそれらのいずれもなく,すべて検察官の適正訴追に期待されるシステムとなっている。これは,制度としてバランスを失した検察官の負担加重」と批判し,この点が立法論的課題であると指摘している。この点,自動車運転過失傷害罪については,刑の免除規定が創設されており,刑が免除されることが予測される場合は,検察官も訴追を控えるであろうから,かかる規定の新設には,軽微事案の対処について再検討を促す契機が含まれている。

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