被告人と弁護人
刑事訴訟法では、被告人と弁護人は一方当事者の「主役」のはずです。しかし、加害者家族などとの調整など、互換性のある問題です。この後は、被害者を取り上げますが、交通事故では互換性がありますから、貴方が法廷に立ってもおかしくありません。そういう意味でも、公平な裁判を維持していくということは重要なことです。
第15編 被告人と弁護人(白取239,三井119,141,寺崎137)
第1 被告人
1 被告人の権利
(1) 出頭の権利と義務(検察97)
ア 被告人の出頭の権利及び義務
公判を開廷するには,原則として被告人の出頭を要する(286条)
イ 被告人の出頭の確保
(ア) 手続の流れ
①召還(273条2項,57・62・63条)⇒②勾引(58条)⇒在廷義務(288条)
(イ) 召喚
召還とは,裁判所が被告人に対して,日時・場所を指定して出頭を命じることをいう
(ウ) 勾引
勾引とは,被告人が正当な理由なく召還に応じないときは,直接的な強制力を用いて出頭させることをいう(⇒勾引状を発して被告人を引致)
(エ) 在廷義務
出廷した被告人には在廷義務がある(検察97)
(2) 出頭義務の免除
284条(軽微事件における出頭不要)
285条(出頭義務の免除)
286条の2(出頭拒否と公判手続の進行)
314条1項ただし書き(被告人が心神喪失であるとき,無罪・免訴・刑の免除又は公訴棄却の裁判を言い渡すとき)
(3) 出頭の権利の例外
286条の2(召喚を受けた被告人が,正当な理由なく出頭を拒否し刑事施設職員による引致を著しく困難にした場合のその公判期日)
341条(被告人の陳述を聴かない判決)
304条の2(証人に対する圧迫を理由に被告人を退廷させた場合のその証人尋問手続)
2 被告人の勾留
(1) 被告人勾留の目的
① 被告人の裁判所への出頭の確保(286条参照)
② 証拠の隠滅を防止するという審判上の目的
(2) 公訴提起と被告人の身体
① 勾留中の場合(208条1項,60条2項)
* 自動的なシフト
被疑者として勾留されている者について公訴提起がなされると,被告人としての勾留が行われる
∵ 改めて勾留質問などの手続を踏むことなく自動的に切り替わると解されているが,その実定法上の根拠は明確ではなく,208条1項・60条2項から間接的に読み取れる(白取240)
② 逮捕中の場合(280条2項)
* 「求令状」起訴
「求令状」起訴とは,逮捕中に検察官が起訴する場合をいう。このように,逮捕から72時間の制限時間内に検察官が公訴を提起した場合には,「被疑者勾留」を請求する必要はない。この場合,検察官は,起訴状に「逮捕中求令状」と記載する。この記載は,検察官が裁判官に対して「被告人勾留」をするように職権の発動を促しているという意味である(三井33)
③ 身体不拘束の場合
被疑者が勾留されていない場合は,勾留するかは裁判官の職権
(3) 勾留の裁判
ア 起訴後第1回公判期日前
⇒ 裁判官(280条1項)
* 公判廷を構成しない裁判官が行う
イ 第1回公判期日後
⇒ 公判裁判所
(4) 被告人勾留の要件(1審解説81)
ア 実体要件
① 被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること
② 法60条1項各号に掲げる事由のいずれかが存在すること
③ 勾留の必要性があること
イ 手続要件
① 被告事件の告知及び陳述聴取(勾留質問)が行われたこと
② 弁護人選任権の告知が行われたこと
(5) 被疑者の勾留と被告人の勾留
*被疑者勾留と被告人勾留の違い
項目 | 被疑者勾留 | 被告人勾留 | |
① | 逮捕先行の要求 | ○(207条1項) | ×(60条1項) |
② | 勾留期間 | 10日+10日(208条) | 2ヶ月+更新1ヶ月毎
(60条2項) |
③ | 保釈の有無 | ×(207条1項ただし書き) | ○(88条) |
④ | 接見指定の可否 | ○(39条3項) | ×(39条1項) |
⑤ | 不服申立て | 準抗告(429条1項) | 抗告(420条2項) |
⑥ | 目的の違い | 捜査の遂行が前提 | 公判廷への出頭確保 |
(6) 保釈(白取244,三井142)
ア 意義
(ア) 定義
保釈とは,勾留という直接の身体拘束の代わりに,保釈保証金の納付を条件に,被告人の身体を釈放する裁判・執行をいう
* 実務上は,権利保釈又は裁量保釈による例がほとんど
* 保釈請求があった場合に,まず,権利保釈に当たるかどうかを判断して,当たらないと認められる場合に,進んで裁量により保釈を許すことができるかどうかその当否についても判断するというのが実務上の取扱いであり,権利保釈に該当しないが,裁量保釈に当たるとして保釈される事例は多数
(イ) 特徴
① 起訴前は保釈不可(207条1項ただし書き)
② 一定額の保釈保証金の納付により身体をいったん釈放し,もし公判期日に出頭しなければその保証金を没収するという心理的強制により被告人の出頭を確保
イ 権利保釈
(ア) 定義
権利保釈とは,89条1号から6号の除外事由に該当しない場合は保釈を許さなければならないという建前をいう
(イ) 消極要件
① 起訴事実が短期1年以上の懲役・禁固の重い罪(1号)
② 長期10年以上の前科がある(2号)
③ 起訴事実が常習で長期3年以上の重い罪(3号)
④ 罪証隠滅のおそれが認められる(4号)
* 4号の解釈は勾留理由のそれ(60条1項2号,207条1項)よりも厳格であるべき(利益衡量の視点[1])
* 否認事件で弁護人が証拠に全面不同意という場合は保釈が認められることは不可能とされてきたが,公判前整理手続に付されていることを考慮して,保釈が認められるケースもでてきている(ライブドア事件)
* 最決平成14年8月19日裁判所時報1322号1頁
木谷教授は,下記のような事案であれば第1回公判前に保釈されて当然であるとするが,異論を述べる裁判官が多いという(適正化57頁)
「本件は,サーフィン中のCがBのサーフボードに誤って接触し傷を付けたことを発端とする偶発的な事案であること,関係者の供述に若干の食い違いが存在するとはいうものの,大筋においては供述が一致しているとみることが可能であること,被告人は,これまでに前科前歴がなく,社会人として安定した職業,住居,家庭を有するものであること,BとCとの間では,平成14年7月27日,Bは,本件被告事件に係る損害賠償金として14万円をCに支払い,Cに対するサーフボードの修理代金債権を放棄する,CはBに対し宥恕の意思を表明するなどを内容とする示談が成立したこと等の事情が存在する。
以上のような本件事案の性質,その証拠関係,被告人の身上経歴,示談の成立状況などに照らすと,被告人に保釈を許可した原々審の裁判を取消して保釈請求を却下した原決定には,裁量の範囲を逸脱し,刑訴法90条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる」
⑤ 証人威迫のおそれがある(5号)
(ウ) 制度趣旨
保釈の権利性は,憲法34条が身体拘束を「正当な理由」がある場合にのみ認められる例外的処分であること,被告人は訴訟の当事者として十分な防御の機会が保障されなければいけないこと(憲法37条2項)から導かれる
*『人質司法』と呼ばれる現状の改善
ウ 裁量保釈
裁量保釈とは,89条各号の除外事由に該当する場合でも,逃亡のおそれがない場合などには裁量で保釈を許すことができるとする保釈制度をいう(90条)
エ 義務的保釈
義務的保釈とは,勾留による拘束が不当に長くなったときに被告人を解放するための義務的保釈の制度を置いている(91条1項)
* 保釈には,保釈保証金の納付が要件(94条)
オ 保釈の裁判
(ア) 関与すべき裁判官
第1回公判期日まで | 第1回公判期日が終了したあと |
事件の審判に関与すべき裁判官以外の裁判官(280条1項) | その事件を担当する受訴裁判所において保釈に関する処分を行う |
(イ) 検察官の意見
保釈の許否を決するにあたっては,必ず検察官の意見を聞かなければならない(92条1項)
カ 保釈と余罪
(ア) 事件単位の原則
保釈の許否の判断は,勾留状記載の犯罪事実についてなされるべきで,勾留の基礎となっていない余罪は考慮できない
(イ) 勾留事実について判断する際の一資料としての考慮
* 最決昭和44年7月14日刑集23巻8号1057頁
「甲事実の事案の内容や性質,あるいは,被告人の経歴,行状,性格等の事情をも考察することが必要であり,そのための一資料として,勾留状の発せられていない乙,丙各事実をも考慮することを禁ずべき理由はない」
* 89条3号に該当するため,権利保釈が認められない場合において,裁量保釈(90条)を行うことが適当であるかが問題とされた事案[2]
* 保釈の許否は甲事実を基準に判断されるのであり,余罪である乙事実は一資料として考慮するのみであり事件単位の原則との抵触なし
* 89条3号は,「常習性」が認められる必要があるので,その場合に余罪を認定する必要があるという判断の枠組みの構造となっている
第2 弁護人(白取241)
1 弁護人選任権
ア 私選弁護人
被告人は,いつでも弁護人を選任できる(憲法37条3項,法30条)
イ 国選弁護人
被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができない場合,被告人は裁判所に対して国選弁護人を付すよう請求できる(法36条)
ウ 弁護人が選任される理由
被告人は,訴訟の主体として防御権(刑事手続からの解放,適正な進行,量刑上の斟酌)を有する
⇒ 弁護人は,被告人の防御に実効性をもたせる役割!!
* 実質的に弁護人の援助を受けさせるという点にある
2 国選弁護人(寺崎46)
(1) 請求による国選弁護人の選任(36条)
(2) 職権による国選弁護人の選任
ア 職権による選任(37条・290条)
① 未成年
② 年齢70歳以上
③ 耳の聞こえない者・口の聞けない者
④ 心神喪失者・心神耗弱者である疑いがあるとき
⑤ 裁判所が必要と認めるとき
イ 必要的弁護事件における職権による選任(289条2項3項)(寺崎223)
3 必要的弁護事件
(1) 定義
必要的弁護事件とは,弁護人の在廷が公判の開廷及び審理続行の要件となる事件をいう
(2) 制度趣旨
被告人の権利を保護するだけでなく,当事者主義を強化し,適正な公判審理を維持すること
* 被告人の権利の擁護のみが制度趣旨でなく,被告人が拒否しても付す
(3) 必要的弁護事件における職権による選任(289条2項3項)
① 弁護人が出頭しない
② 弁護人が在廷しなくなった
③ 弁護人がいないとき
④ 弁護人が出頭しないおそれがあるとき
(4) 必要的弁護事件における弁護人不在の公判審理(寺崎224)
ア 問題の所在
弁護人が正当な理由なく出頭しなかったり,在廷命令を無視して退廷したり,または秩序維持のために退廷を命じられたりする場合
⇒ 被告人や弁護人の恣意によって刑事司法秩序が乱される。そこで,解釈によって,例外的に289条を適用されない場合は認められるのか
イ 弁護人不在廷の公判審理を認めた下級審裁判例
A説 権利放棄の考え方は必要的弁護事件にも妥当するという考え方(田宮)[3]
× 必要的弁護事件は被告人の権利擁護のみを目的としているわけではない
⇒ 被告人が権利を自ら処分したと評価される状況があるから,直ちに弁護人不在の審理を認めるには無理がある
B説 刑訴法286条の2,341条を類推適用する考え方
× 被告人に関する規定を弁護人に類推することは,訴訟上の地位や代替性の差異を無視している
ウ 判例(最決平成7年3月27日刑集49巻3号525頁)
(ア) 弁護人不在廷の公判審理を認める理由
刑訴法が本来想定していない事態であるから,刑訴法289条の適用なし
⇒ 最高裁は,必要的弁護事件の制度趣旨を憲法37条3項とは関係のない立法政策上の規定と理解している。とすれば,必要的弁護事件の規定を形式的に適用して,その結果,刑事訴訟の実現そのものが否定されるというのは,背理であるから,いわば立法政策に存在する内在的制約として,そのような事態が生じた場合は,289条1項の適用はないという論理
(イ) 弁護人不在廷の公判審理が認められる場合
⇒ 判例にように説明すると,弁護人不在の審理はかなりの例外に限られる
① 裁判所が弁護人出頭確保のための方策を尽くしたにもかかわらず,
② 被告人が弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど,弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ,
③ その事態を解消することが極めて困難な場合
エ 評価
この事案では,私選弁護人も国選弁護人もいたので,裁判所が行うことはなかった。これに対して,私選弁護人が出頭拒否に及んでも,裁判所は国選弁護人を付して審理を行うのが原則であり,平成7年判例の射程距離は,あくまで,「国選弁護人が出頭を拒否した」という事実関係の下に限定されるべき
4 手続
(1) 起訴前の弁護人選任の効力
起訴前にした弁護人の選任は,第1審においても有効(32条1項)
* 規則17条で「被疑者がその被疑事件を取り扱う検察官または司法警察職員に対して,弁護人選任届を差し出した場合に限られる
(2) 弁護人がない場合
ア 弁護人の選任に関する通知
裁判所は,起訴後遅滞なく弁護人選任権及び国選弁護人の選任請求ができることを告知する義務(272条,規則177条)
イ 弁護人の選任に関する照会
裁判所は,起訴後,被告人に弁護人がいないときは,必要的弁護事件の場合は,私選弁護人を選任する意思があるか,それ以外は,36条の国選弁護人を付すよう請求をする意思があるかを確認する義務がある(規則178条1項)
5 国選弁護人の資格
選任の資格(38条1項)
* 後藤貞人弁護士のコメント
「刑事弁護の真髄は,極悪非道の弁護にある。というのも,裁判というのは,過去に何があったかを復元する作業である。もっとも,みんな神様ではないから完全に復元することはできない。そのときに被告人の側に立って『事実はこうです』ということが言えるようにしておかないと,捜査側の言い分のみによる復元が行われる。仮に犯罪をやっていてもその人にどのような事情があったかは量刑に影響するわけだが,一方的な言い分や証拠だけでその人を裁くということになると冤罪と同じことが情状の面でも起きてくるのです。したがって,『極悪非道の人でも弁護に値する』ということと『極悪非道の犯罪が正当である』ということは異なります。『極悪非道だと言われている犯人や犯罪には,実はこういうところがあります』という弁護をするのです」
[1] 「罪証隠滅のおそれ」は,勾留理由としても規定されているが(60条1項2号,27条1項),89条4号の「罪証隠滅のおそれ」は,より厳格に解釈される必要がある。というのも,すでに捜査が終了し,起訴されたことにより,起訴前と比較して,被告人が隠滅すべき証拠は多くなく,罪証を隠滅されない状態で捜査をする必要性の利益は減退している一方で,被告人の当事者性から来る防御の必要性は格段に高まっているからである。そうすると,勾留理由として「罪証隠滅」のおそれがあり,時間の経過により特段の事情変更がない場合でも,これらの利益の比較衡量から,89条4号の「罪証隠滅のおそれ」がないと判断されることも考えられる(白取245)。
[2] 三井誠『刑事手続法Ⅱ』(有斐閣,2003年)336頁は,「本件事案を前提にすれば,本決定の射程は,裁量保釈の可否の審査に限られるとする解釈も可能である。しかし,その理由付けをみると,余罪の考慮を許容した本決定の結論は,多様な事情の考量が陽性される裁量保釈の判断の性質に導き出されたものではなく,単に,一資料としてであれば余罪を考慮してよいとした点に核心がある」とする。このような理解に立てば,44年決定の射程距離は,「甲事実について権利保釈の除外事由があるか否か」の判断にもあてはまるということになる。
[3] 要するに,289条1項の例外を認めるのに,「被告人の権利放棄」を理由付けとするのは適切ではないということである。そもそも,必要的弁護事件の制度は,憲法37条3項の保障を刑訴法が実質的に強化する趣旨と解される。したがって,被告人であっても弁護権を放棄することはできない。したがって,「被告人の権利放棄」を理由付けとするのは相当ではない。このような視点でみると,判例の説示は評価に値するといえる。そして,このような理由付けによる限り,平成7年判例の射程距離は,非常に短いものと解され,安易な一般化は問題である(寺崎225)