犯人識別証言の信用性判断
第24編 刑事事実認定の基本問題
第1 犯人識別供述の信用性と裁判員裁判におけるその審理
1 問題の所在
① 犯人性の認定は,有罪・無罪に直結するので間違いは許されない
② しばしば「危険な証拠」が絡む
* 危険な証拠とは,内実が脆弱であるのに,外観上もっともらしい形をとる
2 犯人識別情報の信用性
(1) 犯人識別供述の特性
①目撃者は,犯行若しくはこれに接着した場面を目撃⇒②目撃者は,犯人ないしそれとおぼしき人物を観察・知覚する⇒③その人相・風体を記憶に刻んで保持する⇒④捜査官の求めに応じて,犯人像の記憶を再生し,写真ないし実物と比較対照する⇒⑤自身が目撃した犯人とある特定の人物とを同定(identify)
(2) 犯人識別供述の危険性
ア 非固有の危険性
① 供述者自身の事件に関わる利害関係
② 被告人との人的関係
③ 故意ないし思い込みによる虚偽供述のおそれ
イ 固有の危険性
① 観察条件や観察時の心理状態による制約がある
* 暗ければものは見えないし,慌てていれば見えているものも目に入らず
② 人間の容貌には,ストーリー性がないため記憶に残りにくい
* 相手が未知の人物で,かつ,その容貌に顕著な特徴がない場合は,これを記憶に刻み,かつ,それを正確に維持するのは人にとって容易でない
③ 人の記憶は,時の経過により,劣化,希薄化ないし変容する
* 目撃前後における他の同種体験との混同を生じることもある
ウ 犯人選別手続
① 捜査官自身が特定の人物について事件の犯人であることを半ば確信しているような場合,露骨な誘導や示唆が行われる
* 捜査官の意識的でない何気ない言動が暗示として作用することもあり
② 面割り・面通しの方法それ自体が偏頗・不公正で,不当な暗示として作用している
エ いったん犯人と被告人との同一性を承認した場合
① いったん同一性を承認した者はこれに固執する傾向がある
⇒ 捜査機関による当初の犯人選別手続(初期選別)及びこれにより直接得られた同一性承認供述(当初の識別供述)が重要であり,決定的
* 観察者の公判廷における識別供述は,相対的に価値が乏しい割に,事実認定者に信用されやすいので注意
(3) 犯人識別供述の信用性評価に際しての留意点(注意則)
ア 既知の場合
⇒ 相手が既知の人物であった場合,各危険性は問題とならない
イ 未知の場合
(ア) 観察の正確性
① 犯人像に,他と明確に区別できる特徴があったか否か
② 目撃の際の観察条件は,どのようなものであるか(観察の客観的・主観的条件の良否)
* 観察の客観的条件として,観察時間の長短,観察した位置と客体との距離関係,観察者の視力,現場の明暗,第三者との取違えの可能性
* 主観的条件として,観察が意識的になされていたか否か,観察者が動揺していたか冷静であったか
(イ) 記憶・選別結果の正確性
① 観察から選別までの時間的間隔の長短
② その間に記憶の変容・転移をもたらす体験がないか
③ 観察者が,最初の犯人選別以前に述べていた犯人の容貌特徴と,最初の選別の際に選別の根拠となった,犯人と被告人に共通の特徴との間にどの程度の一貫性があるか
* 特に,被選別者に顕著な特徴が存するのに,初期供述にこれが欠けている場合は,原因を究明する
(ウ) 犯人選別の手続の適正
① 犯人選別手続に際して,観察者に何らかの暗示や誘導が左右していないか
② 具体的にどのような方法によって,写真面割り,面通しの手続が行われたか
③ 複数の目撃者によって犯人選別がなされた場合
* 要件事実的思考に基づくイメージ
(1) 未知識別の攻撃防御の構造
検察官の立証の中心(要証事実) | 弁護側の反証 |
① 供述者は,○月○日,犯人が本件犯行に及ぶ場面を目撃した
② 供述者は,その後の○月○日,目撃した犯人が,捜査官に示された写真ないし実物のある特定人物と同一であることを承認した ③ 供述者が,②で犯人として同定した人物は被告人であった |
認定根拠となる犯人識別情報の信用性を争う
Ⅰ目撃した犯人の容貌特徴,Ⅱ目撃時の付近の明るさや犯人までの距離などの客観的観察条件,Ⅲその際の供述者の心理状態,Ⅳ犯人と取り違えるような第三者の存否,Ⅴ目撃と選別の間における記憶の混同をもたらすような経験の有無,Ⅵ同一性承認の根拠となった,犯人と被選択者に共通の容貌上の特徴は何か,Ⅶ初期供述の内容と初期選別の根拠,Ⅷ選別手続の際の捜査官とのやり取り,選別手続の具体的な方法,選別手続開始から選別に至るまでの経過 |
(2) 既知識別の攻撃防御の構造
検察官の立証の中心(要証事実) | 弁護側の反証 |
供述者は,○月○日,被告人が犯行に及ぶ場面を目撃した | 犯人識別供述の信用性評価に係る諸事情を挙げる
Ⅰ目撃時の付近の明るさや犯人までの距離などの客観的観察条件,Ⅱその際の供述者の心理状態,Ⅲ面識の程度,Ⅳ供述者の反応・行動,Ⅴ供述者の事件に対する利害関係,Ⅵ供述者と被告人との人的関係 |
* 供述者に対する反対尋問により争われる事実も多いが,反対尋問が意味をなさない,あるいは最善ではない事実もあることに注意して争い方を検討
* 検討のためには,検察官による広範な証拠開示が必要