逮捕歴・前科など誹謗サイトの削除の裁判と弁護士活動
1 実名報道され逮捕歴や前科情報、事件・事故情報等のネットニュースが残ってしまう問題点
ネット上では,ツイッターに比較的熱心な「毎日新聞」と「産経新聞」が,実際は社会公共の関心事ではなくても,犯罪,逮捕・勾留,事故,自殺に関する実名報道(氏名、年齢、職場名、住所を含む)が行われることがあります。
一般的には、逮捕等がなされた場合、記者クラブに情報が流され,実名報道されるかは報道機関の判断となります。しかし,ツイッター・メディアは刺激的で扇動的でないとフォローを得ることができません。このため、必要性、相当性もないのに実名報道をしがちです。これに対して、ツイッターにあまり力を入れていない朝日新聞、読売新聞は紙面に掲載するほどの価値があるか否かという観点から判断しているように思います。また、日本経済新聞社は実名掲載には基準があるようです。これに対して、警察官や公務員の逮捕に関しては、記者クラブに情報がファックスされてくるということはないといわれており、組織が記者発表をするか否かということになります。しかし、今日ではほとんどが匿名になることが多いと思います。ただし、新聞社が発行する記事は3か月程度で削除されますが、弁護士に依頼し実名報道の必要性がないことの申し入れをして匿名化してもらうことも大切です。最近は違法な「転載」を防ぐため記事の削除が早まっています。
2 ネットニュースに流れる逮捕・勾留歴の例
・電車で痴漢をして逮捕された
・薬物使用
・飲酒運転
・児童買春(淫行)
・スマホでの盗撮
3 こうした実名でニュースサイトに逮捕記事や事故の記事が掲載されたり、また、インターネット上に前科情報が残っていると、その情報は大変拡散しやすい性質があります。一例を挙げると、児童ポルノをツイッターで閲覧しやすい状況に置いたサッカー選手が児童ポルノ禁止法で略式罰金命令となりましたが、現在でもその記事が残っています。こうしたいわゆる拡散がなされると、完全に削除することは困難な状態になってしまいます。
4 検察関係者が執筆した書籍にも前科について、「とかく世間から冷たい態度で差別待遇され、前科があるという理由で就職、婚姻や、子弟の入学が妨げられるなど、法が予定しない有形無形の不利益を受ける傾向が社会にある」と記載されているのです。刑法には「刑の消滅」(刑法34条の2)の規定があり、自由刑は10年、罰金刑は5年とされています。
しかし一般的に諸外国では、恩赦、法律上の復権がアクティブな制度としては利用されておらず、社会生活上の「事実上の不利益」に法律上の復権の期間の経過を求めるのは相当とは言えません。しかしながら,いわゆるグーグル決定の後は,「時の経過」はほとんど意味を失ったと考えられます。なお、検察庁における前科照会業務については道交犯歴の調査は行わないものとされており、要するに道交犯歴の照会を抑制する趣旨の取り扱いがなされている点も考慮する必要があると思われます。
したがって、後述する3つの判例をベースにホームページ等のサイトや記事を削除してもらうか、グーグル決定に則って検索結果に表示されないようにするということが考えられます。
5 犯罪歴・前科とプライバシーに関する最高裁の判断としては3つの判例が指導的判例とされています。
昭和56年4月14日民集35巻3号620頁【前科照会事件】では,「前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となっていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができる」「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、中京区長の本件報告を過失による公権力の違法な行使にあたる」としています。また、伊藤正巳裁判官補足意見では,「もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であっても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまる」としています。
しかし犯罪報道を一律にプライバシーの侵害とすべきではないとも考えられており、前科には、プライバシーとして保護されない領域もあると考えられています。
3 最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁【逆転事件】は,事実上,前科に関する指導的判例で最も重要なものとみてよいと思います。
ノンフィクション小説において占領下の沖縄で行われたある刑事事件において有罪とされたことが問題となったところ、最高裁は「ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(【月刊ペン事件】最高裁昭和五五年(あ)第二七三号同五六年四月一六日第一小法廷判決・刑集三五巻三号八四頁参照)。」と指摘している。
また,「ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。」と指摘したうえで,「本件著作が刊行された当時、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、本件著作において、上告人が被上告人の実名を使用して右の事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、その前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは解されないから、上告人は、被上告人に対する不法行為責任を免れないものというべきである。」として,月刊ペン事件に関する最判昭56・4・16刑集35巻3号84頁を引用しながら、著作物の刊行によって前科が公表された場合における実名使用の拒否の判断基準を示したものです。
分かりやすくいうと、①事件自体が歴史的、社会的に重要か、②当事者の重要性、③その者の社会的活動及びその影響力、④記事の目的・性格からの意義及び必要性を考慮し、事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合は違法となるというものです。一般的な元サイト(投稿者/プロバイダ)に対する削除請求が容易かつ現実に可能な場合は、この「逆転」判決を引きながら行うのが一般的です。
これらの判例からも分かるように、前科・前歴に関する情報は、プライバシーとして保護されるところ、このような情報を報道する行為がプライバシー侵害として違法とされるかどうかについては比較考量の基準で判断すべきとされています。
4 それでは、行為者に対する者をみていきましょう。東京地裁28年7月21日では、「会社の代表者である原告が,インターネットを利用した各種情報提供等を業とする探偵業者である被告に対し,同ネット上の記事により,名誉及びプライバシーを侵害されたとして慰謝料等を求めた事案。裁判所は,原告がわいせつ目的誘拐の罪を犯したことを自供しているとの記事は,その社会的評価を低下させるものであり,原告が条例違反の罪で有罪判決を受けているとしても,評価の低下の程度が大きいとした上で,記事は公共の利害に関する事実であり,公共目的と推認されるが,記事が真実であり,真実であると誤信したことについて,日刊紙に掲載された一事をもって相当な理由があるということは出来ないとして,慰謝料10万円,弁護士費用1万円の限度で請求を認めた事例」があります。特に、真実であるか否かという論点が名誉毀損では問題になりますが、新聞からの孫引きではかなり厳しい判断が行為者になされていると思われます。ただしプライバシーについては、この判例は不法行為は否定されています。すなわち、「(4) ④部分の記事が真実であると被告が誤信したことに相当性があるか
ア まず,被告が④部分の記事を掲載時点において,被告が④部分の記事が真実であると誤信したことについて相当な理由があったか検討するに,本件記事の④部分以外の部分については別段,④部分については,被告は,前記第2の2のとおり,日刊紙の記載のみをもって作成したものである。
私人の犯罪行為等に関する報道分野における日刊紙の記事をインターネット上に転載した者が,同記事内容を真実と信じるについて相当な理由があったということができるかについて検討するに,同分野における日刊紙の記事の信頼性に関する定評という重要な前提を認めるに足りないことに照らせば,日刊紙に掲載されていたことの一事をもって相当な理由があるということはできない。
なお,二社がそれぞれ発行する日刊紙のいずれにも掲載されていたという事情は,一紙のみに掲載されていた場合に比して,当該掲載内容が真実であることの可能性が高まるものの,いずれについても日刊紙における記載であることにはかわるところがないことに照らせば,上記判断を左右するものではない。
被告は,この点,取材源とした新聞記事が,田無署幹部からの取材によって明らかになったと記載していることをもって,真実と信じることについての相当な理由があると主張する。しかし,別紙記事目録記載3の記事には取材源の記載は認められないし,同2の記事についてみても,田無署幹部への取材で分かったなどという匿名の取材源の記載があるにすぎず,正式な警察発表によるかどうかは明らかではない。そうすると,かかる記載のみをもって,日刊紙の掲載に係る上記分野における記載の信用性が高まるとか,これを転載した被告が真実であると誤信したことについて相当な理由があるということはできず,被告のこの点の主張は採用することができない。
また,上記認定のとおり,原告がわいせつ目的拐取の嫌疑により,逮捕勾留されたことが認められるところ,裁判所は,かかる嫌疑について相当な理由があると判断したということができる。しかし,④部分は,原告が現にわいせつ目的拐取に及んだかどうかといった犯罪行為そのものについてではなく,原告がわいせつ目的誘拐を認める旨の供述をしているかという原告の供述内容に係るものであることに照らせば,上記のとおり裁判所が逮捕勾留を認めたからといって,被告において,原告が捜査機関に対して自白していることが真実であると誤信することについて相当性があるということはできない。
以上によれば,被告が④部分の記事が真実であると誤信したことについて相当性があるということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお,当裁判所は,被告の被告代表者尋問の申請を却下したが,被告による本件記事の掲載のうち,④部分の掲載根拠が,前記第2の2(3)のとおり,別紙記事目録2及び3の各記事のみであることは,第3回口頭弁論において当事者間に争いのない事実となっていることから,被告代表者の尋問を行っても,この点の事実に関連して明らかにすべき事実があるということはできず,被告代表者尋問の必要性があるとは認められないとしたものである。)。
イ 次に,原告が平成25年3月23日以降も被告が本件記事の掲載を継続したことをもって被告の不法行為の成立を主張することから,同日時点の状況に照らして,被告が誤信したことについて相当性が認められるかを検討する。
(ア) まず,上記アのとおり,被告が本件記事の④部分を掲載した時点について真実性を誤信する相当の理由が認められない以上,特段の事情のない限り,その掲載を継続するについても真実性を誤信する相当の理由があるとは認めることができない。
(イ) そこで,上記特段の事情があるかを検討するに,上記認定事実のとおり,読売新聞社の記事は,平成25年3月23日当時においてもインターネット上で閲覧することが可能であったことが認められる。
しかし,上記アにおいて説示したとおり,日刊紙及びこれを発行する新聞社のウェブサイトに記事の掲載があるからといって,直ちに真実性を誤信することについて相当の理由があるということはできない。また,一定期間にわたってかかる記事が削除されていない事実があるとしても,自らの名誉を毀損する記事を掲載された者がこれを毀損する記事を掲載する複数の者に対して,削除を求めるかどうか及びその順序並びにこれを掲載した者が削除に応じるかどうかは全く明らかではないことに照らせば,かかる事実のみをもって真実性を誤信することについて相当の理由があるということはできない。」として結論として削除を肯定しています。しかしプライバシーについては、「原告は,私人であるとはいえ,法人の一代表者として社会活動を営む者であり,相応の社会的責任を負っているものである。また,わいせつ目的誘拐で逮捕されたという事実は,相当に破廉恥な印象を世間に与えるものである上,本件記事の公表態様はインターネット上に公開されたというものであって,広く世界に伝達され得るものであり,また,検索サイトを利用して原告の氏名を検索することによって,容易にその信用を毀損する事態が生じ得るということができる。他方で,本件記事の掲載による具体的被害の程度は,その具体的な閲覧者数も不明である上,本件逮捕に係る被疑事実の内容はわいせつ目的拐取という短期一年以上の懲役刑が法定刑とされている重罪であって,世間の関心も高く,女性に対する保護の観点からもこうした事実を報じ,世間に知らせる社会的意義は大きいと考えられ,また,被告がこれを掲載した目的も,上記3(2)において説示したとおり,公益を図る目的であったことということができる。
以上を総合すると,被告が本件記事を掲載して原告のプライバシーに属する事実を公表する必要性が決して小さかったということもできず,かかる必要性が,プライバシーに係る情報を公表されない法的利益に優先すると解され,結局,被告が本件記事をインターネット上に掲載したことについて,プライバシー侵害を理由とする不法行為は成立しない。」とされています。
しかしながら、現在の裁判例の流れは、インターネット上にプライバシーを侵害する投稿が残っており継続している場合には、違法性の高低を特に問わず削除を命じているものがみられます。例えば、対象者の原告の前科及び顔写真等をブログ上に掲載した行為について名誉毀損、侮辱、プライバシー、肖像権侵害の不法行為による権利救済としては、現に継続している不法行為による権利侵害を排除するための差し止め請求権に基づき、行為者に対し、これらブログの記事ないし記載をすべて削除することを命ずることが、最も有効かつ適切であると認められるとして記事削除を命じています。このような傾向は、名誉毀損でもみられ、ウェブサイト上の書き込みによって名誉を毀損された者は、人格権に基づく妨害排除請求として当該書き込みの発信者対し、削除請求をすることができると解されるとした上で、ウェブサイトを作成・運営している者に対する削除請求を認めています。