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忘れられる権利とプライバシーの権利

さいたま地裁平成27年12月22日は「忘れられる権利」というものが正面からは、特に取り上げられませんでした。

 

しかしながら、さいたま地裁自体も、更生を妨げられない権利の中で付随的に指摘しているにすぎず、判決文を読む限り、人格権に基づく請求ではなかったのかと考えられる。

 

そして、本件では、事前の差し止めを求めているのではなく、公開後の削除を求めているという点にも特徴があります。

最高裁は、石に泳ぐ魚事件(最高裁平成14年9月24日)では、「プライバシーを念頭」に、「人格権侵害の場合」は、侵害行為の差し止めを求めることもできるとしている。現在、リーディングケースになっているのは、逆転判決であると指摘をしました。実際、損害賠償や削除を認めるか否かは、サイトに関しては、この判決の規範が援用されることが多いと考えられます。

もっとも、その後、長良川事件(最高裁平成15年3月14日)というものがあり、最新の判例はこちらということになるのでしょう。具体的には少年法61条に違反しないかにマスコミは注目しましたが、実際は、長良川事件はプライバシー侵害のみを主張していることが記録上明らかでした。これを受けて最高裁は、「本件記事が被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害する内容を含むものとしても,本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは,被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し,個別具体的に判断すべきものである。すなわち,名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合において,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があるとき,又は真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,不法行為は成立しないのであるから(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁【署名狂やら前科殺人事件】参照),本件においても,これらの点を個別具体的に検討することが必要である。また,プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁【ノンフィクション「逆転」事件),本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位,当該犯罪行為の内容,これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度,本件記事の目的や意義,公表時の社会的状況,本件記事において当該情報を公表する必要性など,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し,これらを比較衡量して判断することが必要である。」としている。そして、差戻審である名古屋高裁平成16年5月12日は、比較考量として、「本件記事が本件週刊誌に掲載された当時の被控訴人の年齢,社会的地位は,前記第2の2(1),(2)及び(4)記載のとおりである。

(2) 犯罪行為の内容は,前記第2の2(2)ウ記載のとおりである。

(3) 本件記事により被控訴人のプライバシー情報が伝達される範囲と被控訴人が被る具体的被害の程度
上記(1),(2)のような被控訴人の社会的地位,年齢や本件犯罪行為の内容等に照らすと,本件記事が被控訴人に関するものと推知されるプライバシー情報として伝達される範囲は,主に生育地における知人,友人,少年院等で知り合った者,暴力団関係者等と考えられ,その範囲は限定的であるということができ,また,本件記事により将来被控訴人がその更生を妨げられる一般的な可能性を否定することはできないものの,本件犯罪は凶悪かつ残虐で重大な犯罪であり,本件記事公表時に既に刑事被告人として身柄を拘束されていた被控訴人が今後も短期間で社会復帰することは予想し難いことからすれば,被控訴人の年齢が本件犯行時18歳,本件記事掲載時21歳であることを考慮に入れても,本件記事により被控訴人の被る具体的被害は,通常の一般社会人に比して小さいものと推認できる。

(4) 本件記事の目的,意義
証拠(乙2,3,証人H)によれば,本件記事は,前記(第3の2の(1)ウ,エ)のとおり,少年法改正の議論が起こった状況下で,凶悪,残虐で重大な事件を公表し,少年犯罪の被害者家族の心情を広く世間に伝えるとともに,犯罪少年に対する反省の機会を与えることであったものと認められる。

(5) 公表時の社会的状況
弁論の全趣旨によれば,本件記事の公表当時,本件事件前に発生した山形マット殺人事件,本件事件後に発生した神戸市l区の殺人事件等により,少年犯罪の凶悪化と低年齢化が社会問題となり,少年法の改正が論議されていた。なお,本件記事公表後の平成12年12月には少年法が改正され,刑事処分が可能な年齢が「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げられたほか,16歳以上の少年が故意の犯罪で被害者を死亡させた場合は原則として検察官に送致されることになり,起訴後は少年であっても成人と同様,公開の刑事裁判を受けるようになった。

(6) 本件記事公表の必要性
本件記事のうち,犯罪にかかわる部分は,前記(第2の2(2))のとおり,少年による凶悪かつ残虐で重大な犯罪であり,その犯罪内容は社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであって,本件犯罪行為及び犯罪に至る経緯はもちろん,犯人の経歴等も含め,これらを公表することに社会的な意義を認め得るというべきである。そして,本件犯罪行為における社会に対する影響力を考慮すると,被控訴人の行動に対する批判ないし論評の一資料として,被控訴人はこれら犯罪事実等が公表されることを受忍しなければならず,本件記事により将来の被控訴人の更生に妨げとなる可能性を否定できないとしても,本件記事の公表の必要性は認めざるを得ない。

(7) 事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する事情
以上のとおり,本件記事が被控訴人に関するものと推知されるプライバシー情報として伝達される範囲が限られるとともに,その伝達により被る被控訴人の具体的被害は比較的小さいものと推認されること,本件犯罪行為の内容が極めて凶悪かつ残虐で重大であること,本件記事は主に少年犯罪に対する被害者の両親の心情を記載したものであるところ,本件記事公表時の社会的状況も少年犯罪に対する国民の関心が高まっていたこと,本件記事が国民の正当な関心事であってその目的,意義に合理性があり,公表の必要性を是認し得ることなど,本件記事を公表する理由を考慮すると,被控訴人について本件記事を公表されない法的利益は認められるものの,前者が後者に優越すると解するのが相当である。
(8) したがって,控訴人の被控訴人に対するプライバシー侵害についても,違法性が阻却され,不法行為は成立しないというべきである。」なお、ノンフィクション「逆転」では、少年法61条による規制がないことから、長良川事件のように報道は禁止であり、報道はプライバシー侵害という定式を簡単には定立できなかったものと解される。「逆転」では、「前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合がある」とするにとどまっていたのである。

 

このように、長良川事件により、前科・前歴に関する情報はプライバシーとして保護されるところ、それが違法となるかは比較考量の基準で判断すべきことが示唆されているのである。

 

 そして、プライバシーに基づくものとして、東京地裁平成27年7月16日があります。具体的には、「原告はこれを否定している(甲12)ところ,本人尋問や陳述書(乙8)における被告の供述によっても,原告と被告の共同生活中に被告が行ったとする経済的負担や原告の子らの行為をめぐって原告と被告との間に民事上の紛争が存在することはうかがわれるものの,これを超えて,原告が本件記事において摘示されている犯罪行為等を行ったとまでは,認めることができない。そして,本件全証拠を精査しても,他に被告の主張の裏付けとなる客観的証拠は全く存在しない(なお,証拠(甲12,乙1の1から1の4まで,4,5及び被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,原告から本件記事に沿う内容の犯罪被害を受けた旨の被害届を平成24年10月頃に警視庁池上警察署長に提出し,更に平成25年1月頃には沖縄県警察八重山警察署長に原告を告発するなどしたものの,その後,これらの捜査機関からは,原告に対する連絡等すら全くされていないことを認めることができる。)し,被告において本件記事によって摘示されている事実が真実であると信ずるにつき相当の理由があることを裏付ける証拠も存在しないから,本件記事に関し,不法行為の成立を阻却する事由を認めることは,困難であるというほかない。

そうすると,本件記事は,原告の名誉を毀損するものとして,不法行為に当たるものというほかない。
2 また,本件記事は,上記1において説示したとおり,原告の氏名や住所,職業,子らの氏名によって原告を特定した上で,別紙記載のとおり(上記第2の2(3)の前提事実),原告の学歴や経歴,離婚の事実,父母の経歴等の事柄を公表する内容となっている。これらの事柄は,一般に,他人に開示されることを欲しないであろう性格を有するものであり,プライバシーとして保護されるべき私的な事柄に属し得るものと考えられるところ,被告は,これらを公表した理由につき,上記第2の3(2)のとおり主張している。しかしながら,上記1において説示したとおり,原告が本件記事において摘示された犯罪行為等をしたという事実自体を認めることが困難であるし,また,上記の事柄を公表すべき必要性を肯定することもできないから,いずれにしても,当該主張は,上記の公表が原告のプライバシーの侵害に当たると認めることを左右するものではない。
そうすると,本件記事は,原告のプライバシーを侵害するものとして,この意味においても,不法行為に当たるということになる。
3 上記1及び2において説示したとおり,本件記事は,原告の名誉を毀損し,及びプライバシーを侵害する不法行為であるから,被告は,原告に対し,本件記事によって原告が被った精神的苦痛を慰謝すべき義務がある。そして,本件記事の内容や,その公表の方法のほか,本件に現れた一切の事情を総合して考慮すると,原告の当該精神的苦痛を慰謝するための金額は,合わせて80万円と認めるのが相当である。
また,本件記事は,上記1及び2において説示したとおり,原告の名誉及びプライバシーという人格的利益を侵害するものであるから,本件記事の削除を命ずべき必要性も,認めることができる。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,本件記事の削除並びに損害賠償請求としての80万円及びその遅延損害金の支払を求める限度において,理由がある。」と紹介されています。

 

ところで、「忘れられる権利」といわれた最高裁判決は以下のとおりです。

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人は,児童買春をしたとの被疑事実に基づき,平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され,同年12月に同法違反の罪により罰金刑に処せられた。抗告人が上記容疑で逮捕された事実(以下「本件事実」という。)は逮捕当日に報道され,その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
(2) 相手方は,利用者の求めに応じてインターネット上のウェブサイトを検索し,ウェブサイトを識別するための符号であるURLを検索結果として当該利用者に提供することを業として行う者(以下「検索事業者」という。)である。
相手方から上記のとおり検索結果の提供を受ける利用者が,抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件として検索すると,当該利用者に対し,原々決定の引用する仮処分決定別紙検索結果一覧記載のウェブサイトにつき,URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(以下「URL等情報」と総称する。)が提供されるが,この中には,本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL等情報(以下「本件検索結果」という。)が含まれる。
2 本件は,抗告人が,相手方に対し,人格権ないし人格的利益に基づき,本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案である。
3(1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁【弁護士会照会事件】,最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁【ノンフィクション「逆転」事件】,最高裁平成13年(オ)第851号,同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁【石に泳ぐ魚事件】,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁【長良川事件判決】,最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照【江沢民国家主席事件】)。

他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。

また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されているとして本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
4 抗告人の申立てを却下した原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。

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