弁護士コラム

刑事訴訟法

公判の準備と証拠の開示

第17編 公判の準備と証拠開示

第1 裁判の迅速化

1 権利としての迅速な裁判(憲法37条1項)

* 時間が経過すると,証拠は散逸し証人の記憶も減退するので,証明責任を負担する国家の負担が重くなるし,裁判が遅れると司法に対する国民の期待が揺らぐ

⇒ 被告人は,裁判が迅速になったからといって利益になるとは限らないことに留意すべき(時間が立つことにより被害者の処罰感情が緩和され,それが量刑に有利に反映されることもある)

 

2 裁判の迅速化

司法制度改革審議会意見書

「刑事裁判の実情を見ると,通常の事件については,おおむね迅速に審理がなされているものの,国民が注目する特異重大な事件にあたっては,第1審の審理だけでも相当の長時間を要するものが珍しくなく,こうした刑事裁判の遅延は国民の刑事司法全体に対する信頼を傷つける一因ともなっていることから,刑事裁判の充実・迅速化を図るための方策を検討する必要がある」

「第1回公判期日の前から,十分な争点整理を行い,明確な審理の計画を立てられるよう,裁判所の主宰による新たな準備手続を創設すべきである。充実した争点整理が行われるには,証拠開示の拡充が必要である。そのために,証拠開示の時期・範囲等に関するルールを法令により明確化するとともに,新たな準備手続の中で,必要に応じて,裁判所が開示の要否について裁定することが可能となるような仕組みを整備すべき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2 公判の準備

1 事前準備

規則178条の2以下

⇒ 両当事者の主体的準備と裁判所の限定的関与

* なぜ,事前準備は機能しなかったのか

∵① 起訴状一本主義からくる予断排除との関係で裁判所の関与限定的

⇒ 関与は,裁判所書記官を通じてしか行われていない

② 被告人は釈放もなされないし,被疑者国選弁護が存在しなかったので被告人の準備の開始は遅れがち

 

2 公判前整理手続(316条の2)(寺崎212,三井125,検察94,白取249)

(1) 目的

審理を集中的・連日的に行うためには,あらかじめ事件の争点を明らかにして,公判で取調べる証拠を決定したうえで,明確な審理計画を立てておく必要⇒ 裁判所が主宰し,当事者双方が公判でする予定の主張をあらかじめ明示し,

その証明に用いる証拠の取調べを請求するなどを通じて,事件の争点を明らかにし,公判で取り調べる証拠をあらかじめ決定し,明確な審理計画を策定

* 争点整理の作業は,当該事案における証拠評価の筋道を考える作業であって,証拠の構造(事実認定の骨組み)を把握し,分析する能力が重要!!

* 公判前整理手続における争点整理では,未だ公判での攻撃防御が実際には行われていない段階で,評議・判決における証拠評価の筋道を想定して公判審理の内容を考えてゆく。したがって,あらかじめ要証事実を意識した思考方法が不可欠となる。これは,当該情報の重要性を証拠構造を踏まえて予測する能力ということができる

 

(2) 内容

① 訴因又は罰条を明確にさせること

② 訴因又は罰条の追加,撤回又は変更を許すこと

③ 公判期日において予定している主張を明らかにさせ,事件の争点を整理

④ 証拠調べの請求をさせること

⑤ 証拠調べ請求にかかる証拠について,その立証趣旨,尋問事項を明らかにさせること

⑥ 証拠調べの請求に関する意見を確かめること

⑦ 証拠調べをする決定又は証拠調べの請求を却下する決定をすること

⑧ 証拠調べをする決定をした証拠について,その取調べの順序及び方法を定めること

⑨ 証拠調べに関する異議の申立てに対して決定をすること

⑩ 証拠開示に関する裁定をすること

⑪ 公判期日を定め,又は変更することその他公判手続の進行上必要な事項を定めること

(3) 現行の事前準備との比較

ア 問題の所在

公判裁判所が主宰する争点と証拠の整理

⇒ 予断排除との関係が問題

イ 考え方

(ア) 予断排除原則の核心

裁判所があらかじめ事件の実体について心証を形成することを防止するため,捜査機関の心証が裁判所へ一方的に引き継がれることのないよう,起訴の際に検察官から裁判所へ一件記録の提出が禁止される

(イ) 射程の検討

① 公判前整理手続では,両当事者に公判でする予定の主張を明らかにさせるだけで,事件の実体について心証形成をする場ではない

② 当事者双方が等しく参加する場で行われるので,一方的に検察官の嫌疑が裁判所に引き継がれるわけではない

③ 裁判所が証拠に触れても,証拠の信用性について判断するわけではない

* 必要な範囲で証拠に触れても,実体の心証形成とは区別できる(大澤)[1]

* なお,司法研修所の文献(読本Ⅰ134)によれば,「公判前整理手続は,争点整理や審理計画の策定を行う場であって,裁判所が事実認定や心証形成をする場ではない」と指摘されている。そうだとすれば,裁判官が争点を把握するとしても,それは,「ざっくり」としたものでなければ,予断排除原則との関係でも問題となる。読本においても,裁判官の「要証事実や争点に関する判断をする上でどのような情報がどの程度重要な役割を果たすかという分析は,ある程度の幅を持って行う」とか,「当該情報の重要性の程度を骨太に把握する」ものとされているが,これも上記のようなざっくりとした証拠構造についての認識をもとに争点・証拠整理を行うという趣旨と解せられる

 

3 公判前整理手続のポイント

1 無理な審理予定には反対する

裁判員裁判の審理予定の作成に当たっては、迅速かつ充実した公判審理になることが重要である。迅速ばかりを強調し無理な審理予定を策定するならば、「充実した公判」を主張して裁判所に再考を求める。

2 検察官請求証拠の検討の後、弁護人の予定主張明示を行う

(1) 争点の整理と証拠の整理が目的である。弁護人にも公判期日において予定している事実上及び法律上の主張を明らかにする義務(316条の17)。弁護人の予定主張明示は、類型証拠開示が十分になされ検察官請求証拠の証明力を十分に判断したうえで行うものであることを留意。

(2) 弁護人の予定主張の明示

① 裁判員裁判では、弁護人としての主張を初めて明らかにする場面であり、弁護活動にとって極めて重要な意義がある。主張明示までにケースセオリーを作り、弁論要旨の骨格を整備しておく。

② 明示の範囲と具体性

具体的かつ簡潔に(どこまで具体的に主張するのかは訴訟戦略)

③ 予定主張明示の判断基準

事件の筋、証拠関係、特に被告人の供述の一貫性、その内容・弁解つぶしの危険性、検察官証人に対する反対尋問のポイント,保釈の必要性,主張関連証拠開示との関係などを、個々の事件ごとに弁護人が十分かつ慎重に考慮して決める。

3 公判前整理手続終了後は原則的に証拠請求不可能

4 証拠開示制度を活用することが重要

 

第3 争点整理

1 争点整理の必要性

(1) 事例

Xは,3月1日午後3時ころ,Y方居間において,殺意をもって,ナイフでYの右腹部を突き刺して,死亡させた

(2) 弁護人の争い方

主張① 主張② 主張③ 主張④
主張の例 Xと犯人との同一性がない Yは,Xに対して殴りかかってきたので,咄嗟に,XはYを脅す目的でナイフを持った。しかるところ,Yが倒れかかってきたので,一緒に転んでしまった際にナイフがYの右腹部に刺さってしまった Yが木刀で殴りかかってきたので,やられる!と思い,XはYの腕を狙って,ナイフを突き出したら,右腹部に刺さってしまった Xは,Vの発言に怒って,腹部であることは分かりながら,Yの右腹部をナイフで刺したものであるが,殺意はなかった
法的意味 無罪の主張 暴行の故意すらないから,訴因事実を前提とすれば無罪の主張 傷害の故意で刺したことは認め,殺意を争い,それが正当防衛ないし過剰防衛という主張 殺意は否定し,傷害致死にとどまるという主張

(3) 考え方

主張①の場合を除けば,「Xの持っていたナイフが刺さった」という事実には争いがない。そうだとすれば,XがAを刺した時点において,Xの主観がどのようなものであったか,言い換えれば,殺意があるか否かが争点となる。そして,殺意の有無は,客観的態様から推認されるから,実質的には,「XのナイフがYの身体に対して,どのような態様で刺さったのか」が争点となる。

そうすると,検察官が主張する訴因との格差が大きいのは,主張②ということになる。また,主張③も②ほどではないが,ある程度のズレがあるのに対して,④は事実レベルではほとんど争いはないということが分かる。

このように,弁護人の主張いかんによっては,審理の内容は大きく異なるのであるから,審理の内容を考えるにあたっては,争点を整理する必要が生じる

 

2 争点整理の内容

(1) 争点整理の段階

① 双方に争いがある部分を確認する作業

② 争いがある内容を分析し,本当に審理が必要な争点へ絞り込む作業

⇒ 証拠調べの対象を,争点を中心とした事件の核心に集中させ,重要な事実については,十分に証拠調べを尽くす,というメリハリ!

* ②の段階を通して,争点を明確にする

* ②は証拠構造に照らして取捨選択をするのであるから事実認定能力が必要

(2) 争点や証拠の整理

ア 要証事実レベルの争点整理

要証事実レベルの争点整理とは,要証事実における争点を確定する段階のことをいう

⇒ 争点整理の出発点であり,要証事実レベルの争点内容の明確化であり,これが明確にならなければ,最終目標としての争点が確定しない

* 左の表の「弁護人の争い方」の主張③のように,弁護人が「Xに殺意があったとする点は争い,加えて,本件は正当防衛あるいは過剰防衛に該当する」という主張をすると,要証事実レベルとしての争点が洗い出され,これに対して,検察官が正当防衛あるいは過剰防衛の成立を争うのか,争う場合については,具体的にどの要件を争うのか明示すること-により,要証事実レベルの争点整理は終えられることになる

イ 立証反証レベルの争点整理

(ア) 定義

立証反証レベルの争点整理とは,争点判断のためにどのような証拠や事実について審理をしてゆくかという具体的な審理態様についての争点判断をいう。要するに,証拠ないし間接事実レベルの整理といえよう

(イ) 検察官の場合

検察官は,争いのある要証事実の立証のために,どのような間接事実を主張するのか,それらの間接事実はすべて争点判断に必要になるのか

(ウ) 弁護人の場合

弁護人は,検察官主張の間接事実の有無を争うのか,事実の有無を争わずその推認力を争うのか,弁護人からの積極的な主張はあるのか,その弁護人の主張に対して検察官はどのような点を争うのか-というイメージ

(エ) 争点整理のテーマ

① 弁護人の主張明示

② 検察官立証事実の絞り込み

∵ まず,①については,審理の中核となる検察官の主張は弁護人の主張に応じて変容していかざるを得ない。そこで,弁護人の主張が早急に明示される必要がある。他方,心理の迅速性や争点を絞り込むという視点からは,もとより,検察官の立証事実は絞られる方がよい。これらの3つの視点から③は導かれる

ウ 審理計画の策定

(ア) 基本的視座

① 当該事実の重要性の程度に応じて審理計画を作る

② 審理対象となる事実について,どのような方法で審理をするか

(イ) 争いがあるか否か

争いがあれば,証人尋問や被告人質問などの人証による審理が中心!!

⇒ 審理全体に占めるウェイトが「重い」ものになる!

(ウ) 証拠の採否の判断

必要性を具体的に考える!(尋問事項が争点判断に重要であるか否かを検討)

⇒ 証人尋問であれば,どのような事項について尋問するのか,「尋問事項の範囲」を具体的に考えて,当該証人尋問請求の採否を判断

* 争点整理は,「尋問事項の範囲」という具体的な審理計画にまで影響

 

(3) 争点整理の効用

争点整理がなされると,訴訟関係人に①争点の内容,②争点判断にとってどの事実がどの程度重要であるか-について共通理解が成立

⇒ その後の訴訟当事者の活動は,重要な事実に関する証拠の信用性や証明力評価にフォーカスが絞られる

* 結局,争点整理で構築されたフレームは,最終的には,裁判所の審理,評議,判決にも利用されるものという重要なものとなるから,このような問題意識をもって,争点整理に取り組む必要がある

 

 

第4 証拠開示(寺崎209)

1 意義

証拠開示とは,当事者がそれぞれ持っている資料(手持ち証拠)の存在及び内容について,相手方に明らかにすることをいう

証拠開示が十分になされるからこそ、弁護人は証拠意見(316条の16)、予定主張の明示(316条の17)ができる。公判前整理は弁護人にとっては証拠開示に最も重要な意義あり。

2 問題の所在

(1) 検察官手持ち証拠の開示

検察官の手持ち証拠を閲覧させてほしいという弁護人からの要請があった場合に,検察官が証拠を開示するか否かの問題

∵ 強制処分権を持つ検察官に比べて,弁護人の証拠収集能力は非常に低い

(2) 防御上の重要性

① 検察官の立証に対する十分な防御

② 有利な証拠を検察官手持ち証拠から発見・利用する

(3) 問題の発生

ア 旧法時代

一件記録主義⇒裁判所に行けば,一切の証拠書類・証拠物を閲覧できる(40条1項参照)

イ 現行法

(ア) 40条1項の効用

起訴状一本主義⇒裁判所に行っても,起訴状しか置いていないので40条1項の意味がない

(イ) 限定的な証拠閲覧手段

① 検察官が証拠調べ請求をする証拠(299条,規則176条の6)

② 321条1項2号後段にあたる書面(300条)

ウ 問題の発生

① 検察官手持ち証拠は,手続の進行に合わせ小出しにされる

② 検察官が提出予定のない証拠は法廷に出てこない

③ 弁護人は,証拠収集能力がないので,検察官の収集している証拠も把握できないまま防御方針を立てることに

④ 検察官手持ち証拠を被告人の有利に援用することはできず

⇒ 裁判が遅延し,しかも有利な証拠の握りつぶしによる誤判の発生!!

 

2 問題の展開

(1) 証拠開示完全否定説(渡辺咲子)

① 種々の弊害がある

弁護人により証拠隠滅,証人威迫のおそれ,他の事件の捜査上の秘密が含まれるので公にできない,関係者の名誉・安全を守るために秘密にしたい手持ち証拠もある

④ 当事者主義の建前からは証拠は各当事者が収集すべき

* イギリスの証拠開示の制度を参考に。検察は書いてあること以外は証拠を開示しないという

(2) 初期の最高裁判例

ア 最決昭和34年12月26日刑集13巻13号3372頁

「裁判所がその存在及び内容について知るところのない検察官所持の証拠書類,証拠物について検察官が公判において取調べを請求するか否とを問わず,・・・証拠調べ前予めこれらの全部または一部を弁護人に閲覧する機会を与えるべく裁判所が検察官に命令することができること,もしくは,当該弁護人に閲覧させるべき義務のあることを定めた一般的法規は存在しない」と言い放つ

イ 最決昭和35年2月9日判時219号34頁

「検察官には,公判において取調べを請求すると否とにかかわらず,あらかじめ進んで相手方に証拠を閲覧させる義務はなく,被告人・弁護人にも閲覧請求権はない」と言い放つ

(3) 証拠開示積極説(白取)の高揚

① 検察官と被告人との証拠収集能力の差異

⇒ 当事者の実質的対等を図るべき(当事者主義の実質化)

② 弊害には別途対処すればよい

(4) 最決昭和44年4月25日刑集23巻4号248頁の登場

ア 44年判例は,34年,35年判例の射程距離を限定した

(ア) 34年判例

Ⅰ冒頭手続前の段階で,検察官の手持ち証拠をⅡすべて開示せよと命じるような裁判所の訴訟指揮は許されないという趣旨と読み替え

(イ) 35年判例

被告人・弁護人に証拠開示請求権は認められないが,弁護人は,裁判所に証拠開示に関する職権の発動を求めて申立をすることができる

イ 判旨

①証拠調べの段階に入った後,②被告人の防御のために特に重要であって,③罪証隠滅,承認威迫などの弊害のおそれがないとき,④裁判所は,その訴訟指揮権に基づいて,証拠開示命令を出すことができる

(5) 44年判例の限界

① 34年判例を変更しなかったので,早期の証拠整理を不可能にした

② どのような場合に証拠開示となるのかよく分からない

③ 裁判所が開示命令を出さない場合,弁護人としては繰り返し職権の発動を求めるしかなく,救済方法が絶無

(6) 公判前整理手続の導入

⇒ 証拠開示に関する裁定の規定が実定化される(316条の25ないし27)

 

 

 

第5 公判前整理手続における証拠開示

⇒ 3タイプに分かれている!!

1 検察官による自発的な開示(取調べ請求予定証拠の開示)

検察官は,請求証拠を被告人又は弁護人に開示する必要(316条の14)

* 299条1項は,証人などの尋問を請求する場合には,相手方にその氏名及

び住居を知る機会を与えれば足りるとしているが,公判前整理手続では,そのほか,証人などが公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(供述録取書)も開示する必要(316条の14第2号)[2]

 

2 検察官請求証拠の証明力を争うための証拠の開示(類型証拠開示,316条の15第1項):検察官請求証拠の証明力を判断するために重要と考えられる証拠を類型的に整理したもの

→ 裁判員裁判では証拠は厳選されるので検察官の請求証拠は限定される。そうすると、裁判所に請求される証拠が限られこれまでは裁判官が証拠の証明力の吟味をしてきた。しかし、今後は、開示を受けた弁護人に整合性を検証する義務が生じたというべきである。

(1) 要件

① 被告人又は弁護人の開示の請求があること

→ 弁護人は、おおざっぱに迅速に作成し、検察官は趣旨を理解し応じる

② 一定の類型に該当する証拠であること

③ 特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であること

④ 検察官が,証拠の重要性の程度,開示の必要性,開示による弊害の内容・程度を考慮して開示が相当であると判断したこと

(2) 一定の類型

 ① 証拠物

② 裁判所・裁判官の検証調書(321条2項) ①~④は学説が,昭和44

③ 捜査機関の検証調書(321条3項)    年判例で開示可能な典型例

④ 鑑定書                 としてきたもの[3]

 

⑦ 被告人の供述録取書           ドイツの共通証拠の思想[4]

 

* 「超(!)」重要な類型

⑤ 検察官が証人として尋問を請求している供述録取書

⑥ 検察官の要証事実の存在を否定する第三者の供述録取書

⑧ 取調状況の記録

* 類型証拠開示の意味は,5号,6号,8号にあるといってよい。近時の判例では,6号と8号の解釈に争いが集中している

 

(3) 5号・6号でのプラクティス

事例

検察官Xは,放火被告事件において,証人Aを証拠調べ請求をした。弁護人Yとしては,Aがどのような証言をするのか検討もつかない。そこで,316条の14第2号により,Aの員面調書の閲覧する機会を与えることを求める。そうすると,員面調書には,「私は,犯行時刻ころ,被告人Bによく似た人が,マスクをして,北から南へ走っていくのを見ました」と記載されていた。そうすると,弁護人Yとしては,Xが,「Bが放火犯人であること」を立証趣旨として,Aの証人調べを請求してくるということになるので,これを弾劾するための準備をするということになる。もっとも,公判前整理手続では,集中的に証拠調べが行われるので,弁護人が証拠を収集するのは無理である。そこで,316条の15第5号と6号を用いることになる。具体的には,316条の14第2号で出て来るのは,「供述すると思料する内容が明らかになるもの」であるから,その内容が明らかになる供述調書が1通のみ弁護人に開示されるにとどまる。そこで,弁護人は,316条の15第5号において,開示されていないAの供述調書の開示を請求することになる。これが開示されると,証人Aの証言の変遷の仮定を明らかにすることができる。例えば,最初に員面調書に記載されたものが,「何となくBさんだと思ったんですよね。ほら,目が2つついている点とか,鼻がある点が同じですし」というような趣旨の証言をして,時間の経過とともに,Bを犯人と決め付けるように変遷している場合は,その供述調書を突きつけることにより,Aの公判廷で行われる証言の信用性を減殺させるということになるわけである。さらに,弁護人としては,316条の15第6号により,A証言と矛盾する証言をしている第三者の供述録取書を開示させ,それにより,A証言の信用性を減殺していくということもできるわけである。

* 要するに,民訴における陳述書的な利用(反対尋問の奏功のため)

 

ア 6号関係の紛争

(ア) 問題の所在

そもそも,6号は検察官が被告人の犯人性の立証のために,目撃者の供述調書を証拠請求しているときに,犯行現場に被告人がいた事実の有無に関する供述を内容とする供述録取書等が対象となる。こうした供述録取書が存在する場合は,弁護人は開示を受けて,検察官請求証拠と比較検討する必要性が高いからである。

ところで,この6号類型は,主体が「被告人以外の者の供述録取書等」とされており,その供述録取書等の主体が条文上は特定の者に限定されていないのが,5号,7号と比較するときの特徴である。したがって,6号については,条文上,事案により広範の供述録取書が該当する可能性がある。

本件の問題の所在である「被告人以外の者の供述録取書等」に,捜査官が事情聴取の結果を記録した捜査報告書(供述書)が該当するかもかかる6号の条文上の特徴をめぐる争いであると解される。

(イ)  考え方

● 含まれる(日弁連編「公判前整理手続を活かす」45)

∵ 捜査報告書には目撃者などの証言が報告されていることがあるところ,たしかに,捜査報告書には目撃者Xの証言についてXの署名・押印があるわけではないので,『X』の供述録取書にはあたらないと考えられるのに対して,そもそも捜査報告書は,捜査官Kの供述を記載しているものと考えられる

⇒ 条文上,捜査官Kの「供述書」と構成して6号に該当すると解すべき

○ 含まれない(大阪高決平成18年10月6日判時1945号166頁)

∵① もともと,被告人以外とは第三者を想定

② 捜査報告書は署名押印がないから「供述書」にすぎず,供述録取書ではない

* 6号には「有無」という文言があるので,狭い限定説を採る(検察)

イ 8号関係の紛争(大阪高決平成18年9月22日判時1947号169頁)

(ア) 問題の所在

期日間整理手続において,弁護人は,刑訴法316条の15 第1 項8 号の類型に該当し,検察官が取調べを請求した被告人の供述調書8 通の証明力を判断

するために重要であるとして,取調状況記録書面(被告人)の開示を請求した。この取調状況報告書については,自白の任意性や信用性を判断するにあたり,客観的な取調状況を明らかとするものとして,重要な証拠と位置付けられると考えられる。この点について,検察官は,不開示希望調書欄については相当性の要件を満たさないとして不開示とした。そこで,弁護人は,同法316 条の26 により,同欄の開示命令を請求したところ,原審裁判所は,検察官に対し,その開示を命じた。そこで,検察官が,この決定を不服として,即時抗告を申し立てた。なお,検察官は,最高裁に,特別抗告をしているが,最決平成18 年11 月14 日判タ1222号102頁は,検察官の抗告趣意は,事案を異にする判例(大阪高決平成18年6月26日判時1940号166頁)を引用するもので,本件に適切でなく,刑訴法433 条の抗告理由に当たらないとして,これを棄却

(イ) 判旨

Ⅰ 開示の必要性の程度

弁護人は,被告人の各検察官調書の証明力を判断するため,身体拘束中の被告人に係る取調べの客観的状況(日時,場所,調書作成の有無,通数等)を知る必要があり,不開示希望調書欄を含め,開示がなければ,作成された調書の通数その他その取調べの外形的全体像を確認点検できないのであるから,防御の準備のため開示を受ける必要性が認められる。不開示希望調書の有無及び通数は,弁護人が被告人に質せば把握できる可能性が高いことなど,検察官が指摘し,原決定も承認する事情を考慮しても,開示の必要性が失われるものではない

Ⅱ 弊害の内容及び程度

* 検察官は,組織犯罪では不開示希望をした供述者の保護をはかる必要性が大きいから,存在自体を明らかにしないグローマー拒否ができると主張

検察官が主張する弊害は,事件の具体的事情にかかわらず一般的,抽象的に生じるものであるが,刑訴法316 条の15 第1 項8 号は,取調べ状況報告書について,同条1 項の他の証拠と同様に,具体的事案において個別的に開示の相当性を判断すべきものと定めているのであるから,このような弊害をもって,一律に前記法条規定の相当性を失わせる事情と解するのは相当ではない

* 今日では,検察官は任意に開示されることが多いので,この点がシリアスにクローズアップされることはなくなっている。今日では,類型証拠開示の段階で求められる証拠がすべて開示されてしまうことが多く,したがって,争点関連証拠の開示まではいかないという指摘されている。

* 取調状況報告書は,いつの時点で取調べが問題視されているのかを明確にするという役割を負っており,捜査官が明確になるので争点を絞り込むのにそれなりに役に立っているという評価があるという。特に,深夜までの取調べについては,それなりに証拠価値を発揮することがあるということになるという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 被告人側による主張提示後の開示(争点関連証拠の開示,316条の20)

⇒ 第3段階の証拠開示(白取258)

(1) 要件

① 弁護人が明らかにした主張に関連すると認められること

② 弁護人から開示の請求があったこと

③ 検察官がその関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びにその開示によって生じるおそれのある弊害の内容及びその程度を考慮し,相当と認めること

(2) 争点関連証拠の開示の制度趣旨

渡辺咲子は,検察官が手持ち証拠を全面開示してしまうと,「弁護人が検察官手持ち証拠と矛盾しない都合のよい主張をしてしまうおそれがある」と主張

⇒ 渡辺の主張は,「後出しジャンケンをされるとイヤだから,ジャンケンをするのを止めよう」という主張に等しい。これは誤りである。後出しできないようにするルールを作ればよいだけである。そうすると,弁護人が自身の主張を明らかにした後は,後出しが原則としてできないので,その論拠は成り立たなくなる。そこで,弁護人が主張予定事実を明らかにした後で,争点関連証拠の開示というスキームを作ることにしたのが,316条の20

(3) 内容

被告人側の主張に関連する証拠の開示

⇒ 開示を求める証拠の範囲を特定した請求である必要

* 被告人の防御上の重要性・必要性と弊害の内容・程度の比較考量

* 当事者は裁判所に裁定を要求できる(316条の26)

(4) 判例(最決平成19年12月25日刑集61巻9号895頁)

ア 事案

Ⅹは,偽造通貨行使につき起訴された。Xは,偽札の認識の点を争うと陳述し,偽札の認識の有無が争点となった。検察官は,犯行動機等を立証趣旨として被告人の供述書および警察官に対する供述調書を証拠請求したが,弁護人はこれらを不同意として任意性を争い,公判期日においてすることを予定している主張として,警察官による自白を強要する威嚇的取調べ,利益提示による自白の誘引等を明示し,刑訴法316条の20第1項に基づき,①被告人に係る警察官の取調べメモ(手控え)・②取調べ小票・③調書案・備忘録等」の開示を請求したが検察官は,請求に係る取調べメモ等は本件証拠中には存在せず,取調べメモ等は一般に証拠開示の対象となる証拠に該当しないと回答した。そのため弁護人は刑訴法316条の26第1項に基づき,本件開示請求に係る証拠の開示命令を請求した

イ 判旨

刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において

入手が容易なものを含むと解するのが相当である

取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができる。これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となり得るものと解するのが相当

(5) 判例(最決平成20年6月25日刑集62巻6号掲載予定)

 19年決定は,被告人の供述調書の任意性ないしその取調べ状況が争点となった事案において,取調べの経過などが記録された書面が証拠開示の対象となり得ることを判示したものであるのに対して,20年決定は,取調べ「以外」の捜査の状況,具体的には,警察官による採尿手続及びそれに先行する保護手続の適法性を争い,被告人の尿の鑑定書が違法収集証拠であると主張する事案である。このような事案においても,その経過などが記録された書面が証拠開示の対象となり得る旨を判示したもの

(6) 調査官のコメント

 本件では問題意識がどこにあるのかが分かりにくいと思われるが,要するに,類型証拠開示における証拠には,基本的にはオフィシャルなものしか含まれないという特徴がある。例えば,警察官のワークプロダクトや内部メモは,類型証拠開示の類型にあたることはない。しかしながら,主張関連証拠開示の際には開示される可能性もあると考えられている。これは,要するに,類型証拠開示の類型にあたらなくても,被告人側の主張に関連する限りは開示されるということである。

この点,本判決で争われているように,それ以外にどこまでが「証拠」であるかという問題点があった。すなわち,捜査官の内部メモは証拠として用いるために作成されているわけではないという問題点がある。したがって,争点に関連するが「証拠」にはあたらないという反論があり得た。ところが,最高裁は,基本的には,「証拠」を目的に応じて限定するというアプローチを基本的には採用しなかったものと評価できよう。要するに,主張との間で関連性が認められる以上は,内部メモなども開示の対象となり得るという趣旨と思われる。このように考えてくると,争点関連証拠の開示は,今後は,弁護人の主張とどれくらい関連するものであるかという判断が重要になってくるものと解される。

調査官のコメントは,2つの決定が開示の対象として想定する備忘録とは,「供述の任意性や違法収集証拠などの形で取調べその他の捜査の状況が争点となっていて,その取調べないし捜査に当たった警察官の証人尋問が予定されており,しかも,当該備忘録が当該警察官によって当該取調べや捜査の過程において作成されたような場合」をいうが,これも関連性を吟味しようとする方向性を示すものといえよう。

(7) 弁護人が自覚すべき点[5]

* 任意的証拠開示を求めるということはありうる。

* 捜査の実情

Ⅰ 目的外使用

第三者のプライバシー侵害の可能性が高く,今後,捜査に対する協力が得られなくなる可能性がある。司法解剖の立会メモの開示を求めた。警察官の解剖のメモについて鑑定書を作ると勾留満期に間に合わないことになる。

名古屋の例においては,鑑定書を捜査の都合ですぐにあげてくれというのは無理という事情がある。そこで,警察官が医師から直接話しを聞いてメモをしてそれをP庁に報告をして事件処理をするということになる。そのメモについて開示命令が出たところ確定した。解剖医の先生としては,話をした内容が正確に警察官に録取されたとは限られない。

解剖メモを取るのをやめてくれといわれたケースもあるという。しかし,所詮は抽象的な危険にすぎないであろう。

証拠漁りをするということで適当な弁解を考えることを恐れる。また,暴力団事件の目撃者は半分に断られる。Pとしては拝み倒してやっているんだそう。しかし,暴力団事件を例示に挙げるのは極端である。

今後の協力が得られないって,博多駅フィルム事件のテレビ局サイドの言い分と同じ。録音録画については,あれをやると審理の短縮にならない。全体で任意性がないと。どうせやるなら全部再生してくれということも困る。再生をしないので,目的外使用をしないということを発表していると。あれは本人の供述であるからいいが,第三者のプライバシー侵害ははなはだしいという。たとえば,選挙関係の事件などについては第三者のプライバシーにかかわることが多い。

Ⅱ 証拠隠滅

4 316条の32第1項について

(1) 当事者の証拠調請求の制限

ア 原則

検察官及び被告人又は弁護人は,後の公判において証拠調べ請求できない

イ 例外

「やむを得ない事由」で公判前整理手続において請求できなかった場合

* 弁護人が,公判前整理手続で自白の任意性を争う具体的な事情を明らかにしない場合

⇒ 公判での被告人質問において具体的な事情が明らかにされた時点で,期日間整理手続(刑訴法316条の28)を開いて,検察官の立証計画を立てることになるので,弁護人の主張に対応して,取調べ状況のDVD,取調官の証人尋問といった証拠を請求することは,「やむを得ない事由」に該当する(大型否認66)

(2) 名古屋高裁金沢支判平成20年6月5日判タ1275号342頁

ア 事案

中国人2名を含む5名の強盗団は,資産家P方において,高額の金品を強取し,傷害を負わせるという強盗致傷の犯行に及んだ。被告人Xは,Aと共謀し,強盗団の首領に対して,資産家方に常時多額の金品が保管されていることや,資産家の家族構成などを教示するとともに,Aにおいて,資産家方に強盗団を案内し,強盗致傷の犯行を容易にして幇助した-という強盗致傷幇助で起訴された。

原審では,公判前整理手続を経た上で審理され,幇助の共犯者Aは,被告人の指示で,強盗団を資産家方に案内したもので,資産家の家族構成などは被告人が強盗団の首領に話していた-旨証言した。また,一員Bも,これを一部分裏付ける証言をした。

これに対し,弁護人は,A及びBの捜査段階の各供述調書を刑訴法328条により弾劾証拠として取調請求したが,原審は,これをすべて却下し,Aの証言の信用性を認めて,被告人を有罪とし,懲役4年6月に処したものである。弁護人らは,事実誤認の主張とともに,原審が刑訴法328条の弾劾証拠請求を却下したことは訴訟手続の法令違反に該当すると主張した。

イ 判旨

「刑訴法328条による弾劾証拠は,条文上『公判準備又は公判期日における被告人証人その他の者の供述の証明力を争うため』のものとされている。そうだとすれば,証人尋問が終了しておらず弾劾の対象となる公判供述が存在しない段階では,同条の要件該当性を判断することはできない。したがって,証人尋問終了以前の取調請求を当事者に要求することは相当ではない。

そうすると,同条による弾劾証拠の取調請求については,316条の32第1項の『やむを得ない事由』がある。しかるに,原審が『やむを得ない事由があるということはできない』としたことは法律の解釈を誤ったものである」

 

 

(3) 広島高岡山支判平成20年4月16日法時81巻2号121頁

ア 事案

本件は,住居侵入,強姦致傷,器物損壊被告事件であるところ,公判前整理手続に付されている。そして,冒頭手続において弁護人は,公判前整理手続では明示していない事実を主張した。具体的には,住居侵入の目的は強姦目的ではなく入浴目的であったとする事実である。弁護人は,「やむを得ない事由」として,被告人が公判前整理手続後,第1回期日間際になって初めて被告人がかかる事実を述べたためであると主張した。しかるに,岡山地裁は,「やむを得ない事由」はないとして,弁護人に対して新主張については被告人質問の際には質問しないように命じそのまま被告人質問は終了した。

弁護人は控訴し,①316条の32第1項は証拠調べ請求の制限をしているにすぎず,主張制限を付したものではない,②しかるに,裁判長は訴訟指揮を不当に拡大したものであり,その結果,被告人の弁解の権利が奪われたと主張

イ 判旨

「316条の32第1項の『証拠調べ』とは,当事者の証拠調べ請求や証拠決定を経て行われるいわゆる狭義の証拠調べを意味し,これらの手続を要しない被告人質問は含まれないと解される」「原審裁判長が同項の『やむを得ない事由』の不存在を理由に被告人質問を制限したことはその理由において不適切なものであったといわざるを得ない」

しかしながら,公判前整理手続の趣旨からすれば,「当事者は,公判前整理手続の終了後,合理的な理由なく主張を追加・変更することを差し控えるべき義務を本来的に負っていることが明らかである」,「被告人質問を制限し得るものと解すべき」であり,裁判長の訴訟指揮は,「弁解の権利など被告人及び弁護人の本質的権利を害する不当な措置であったとまではいえない」

ウ 評釈

本判決は,条文上は証拠調べ請求の制限しかしていないにもかかわらず,解釈によって主張制限を課する結果に等しいものを導いている。本判決は,「当事者は合理的な理由を欠いた主張の追加・変更を差し控えるべき本来的義務を負っている」としていることからすれば,この高裁判例を前提としても主張制限のような訴訟指揮ができるのは新主張には合理的な理由がない場合に限られる。ところで,本判決は,合理的でない理由として,①罪状認否で事実を認めたことや②被告人自身がその点について何ら発言しない―ことを挙げるが,弁護人が問題視しているにもかかわらず,このような被告人の消極的態度をもって不合理とするのであれば,そもそも被告人自身,安心して弁護人に弁護を任せられないというべきであり,極めて不当な評価をしていると断じざるを得ない。この点について,評釈は,「被告人本人も新主張の機会を要求しているような場合も射程に含め,訴訟指揮による被告人質問の制限を許容したものとは思われない」と理論付けるが,もとよりこのような場合は到底合理的な理由があるとはいえないとするのが筋というものであろう。もっとも,実践の場では,本判決については,「弁護人のみから新主張がなされた事例に関するものであり,本件に適切ではない」と反論してゆくことになろう。

もとより,忘れてはならないのは,わざわざ立法過程において主張制限は明示されなかったのに解釈でこれを行おうとする姑息さである。そもそも,公判廷での被告人の新主張というのは適正手続の核心部分であり,被告人の弁解権が当然に優先されるべきであり,明文の規定がないにもかかわらずこれを制限できるとする解釈にはにわかに首肯しがたいものである。そもそも,法が主張制限を検討課題に挙げておきながらこれを規定しなかったのは,被告人の弁解権との関係で問題があったからである。このような趣旨にかんがみるのであれば,訴訟指揮により主張制限を課するのは許されないとの解釈が正当である。したがって,弁護人としてはこの点についても批判してゆくことが必要であると考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5 検察官の証拠構造の拘束力について

(1) 問題の所在(大型否認53)

検察官の提示するストーリーは,特定の証拠構造に基づいて被告人の有罪を立証しようとするものであるが,柱となる事実が崩れたときに,検察官に主張の組み替えを認め,これに基づく証拠調べの実施をすることの当否をどのように考えるべきかが問題となる。

* 補足意見

この論点は,今後,相当にメジャーな論点になる可能性がある。というのも,論理的には,316条の32第1項は,証拠制限を課しているにすぎず,主張制限を課すものではない。したがって,このような証拠構造の拘束力(これは,主張レベルである)を課す法的な根拠はないと考えることもできるはずである。にもかかわらず,このような事項が問題とされているのは,表面的には,もちろん,そのような主張の組み換えを認めてしまえば,それに沿った証拠調べも必要となり,公判前整理手続で行った争点整理を無意味にしてしまい,かかる制度趣旨に反するからということになると思われる(大型否認53の問題意識はかかるものといえる)。

しかしながら,もう少し,視点を広めにとると,これは,かつての訴因変更に関する議論が,「検察官の証拠構造の拘束力」の問題に置き換えられていると理解してもよいように思われる。すなわち,従前は,訴因変更に至らない限りで,主張を組み替えるのは,それは,「攻撃防御方法」を替えるものにすぎないから,訴因変更の要否の論点で訴因変更は不要であり,したがって,自由に組み替えてよいというのがこれまでの実務であり理論であったと思われる。

ところが,公判前整理手続が行われた場合は,検察官の提示したストーリーを証拠によって証明できず,したがって,従前の訴因自体を維持できなくなった場合は,端的に無罪判決をするべきであって,容易に訴因変更を認めるべきではないことは明らかといえよう。ところが,公判前整理手続導入によるインパクトは,これまで,理論的には訴因変更すら不要とされる攻撃防御方法の変更にまで制限を課すというものとなったと評価することができるであろう。

すなわち,これからの理論的視座をめぐっては,公判前整理手続を経ている場合は,公判前整理手続を無意味にしないという観点から,訴因変更が許されないのは,最早当たり前の領域となってしまい,今後は,攻撃防御方法の変更すら許されないのではないかが真剣に議論されるという状況になっていると評価することができるというわけである。この点については,公判前整理手続が攻撃防御レベルまで掘り下げて明確にする準備手続である以上,検察官の証拠構造に関する主張に拘束力を解釈論上,認めるという議論が実務上は有力といえよう。このような観点からみるとき,かつての「訴因変更を要する事実の変化はどこまでのレベルが変わったときか」という極めて幅の広い議論の大雑把さに驚くとともに,公判前整理手続によって安易な証拠構造の変更も許されないことになり,その変化にパラダイムの変化を感じないわけにはいかないように思われる。

(2) 考え方

● 検察官の証拠構造についての主張には拘束力はないとする見解

∵① 実体的真実の探究という目標や精密司法の観点

② 理論的にも,316条の32第1項は,主張制限を課すのみ

③ 証拠構造の拘束力という考え方は自由心証主義に反する

○ 検察官の証拠構造についての主張に拘束力があるとする見解(大型否認54)

∴ 「公判前整理手続において,徹底的な争点整理がされて,検察官が示した証拠構造に基づいて審理計画が立てられた以上,公判審理において,検察官がこの証拠構造に反する主張をすることは原則としてできなくなる」

∵① 拘束力を認めないと,審理計画が狂う

② 弁護人に対する不測の損害を避けるべき(証拠構造の変化によって,これまで,あまり重要視されなかった間接事実の重要性のウェイトが相対的に上がることになると,これまでそれについて防御の準備をしてこない弁護人にとって不意打ちになるという趣旨)

③ 公判前整理手続では,間接事実の位置付けについての共通認識が重要

* なお,大型否認55は,「十分な争点及び証拠の整理が行われている場合は,検察官が公判審理の段階で主張の変更を行おうとすれば,縮小認定型の評価替えを除いて,必然的に証拠制限に抵触するとも考えられる」とするが,これは,結局,316条の32第1項の「やむを得ない事由」の解釈に直結することになるが,あまりこれを厳格にとらえられると,弁護の側もやぶ蛇になってしまう可能性も否定できないところであろう。すなわち,「やむを得ない事由」の解釈とは一応切り離された形で議論をする方が望ましいように思われる。

(3) 具体例について

証拠構造の組み換えはイメージがつかみにくいが,例えば,強盗殺人・現住建造物放火被告事件で,被告人と犯人との同一性が問題となっているケースを想定しよう。この事案では,証拠構造で重要視されているのは,①「Aが犯行直前にV宅を訪れていること」と②「Aが犯行日の朝にハイオクガソリンを買っていること」の2点であったとする。この点,上記①の犯人性に対する推認力はかなり強いものがあるから,検察官としては,上記①②以外の間接事実の立証をせず,それに沿った証拠調べも請求しなかったということがあり得る。ところが,弁護人の弁護活動の結果,上記①の事実が証明されなかったとするなれば,上記の証拠構造は柱となる事実が崩れたことによって,組み換えをしない限り,被告人が犯人であるという認定をすることはほとんど無理であろう。

そこで,検察官は,上記①を立証の柱とするのは中止して,②に加え,③「Aには時間的観点から犯行の機会があること」,④「Aが捜査段階で自白していたこと」,⑤「Aには多額の借金があり犯行の動機があること」,⑥「犯行現場にAの靴下と同じ繊維があったこと」などを新たに主張し,総合考慮すれば,犯人であるという証拠構造に組み替えられるかが問題となるわけである。

(4) 拘束力の強弱について(大型否認56)

ア 司法研修所の文献の見解

証拠構造の拘束力について,弁護人が証拠の整理に協力し,争点及び証拠の絞り込みに寄与した程度によって,強弱がある

イ 評価

司法研修所の文献の思考態度は,弁護人の証拠整理による協力に比例して,それを拘束力の強弱や「やむを得ない事由」の解釈に反映させようとするものである。しかしながら,基本的な思考態度は妥当としても,これが反対にされた場合,すなわち,検察官は公判前整理手続については,常に主張を具体的にして証拠も明確にするであろうから,逆に弁護人の主張の組み換えや追加の証拠調べがほとんど許されなくなることを示唆するようにも思われ,「基本的に妥当である」という評価を安易にすることは許されないように思われる。

たしかに,弁護人が具体的な主張をしないなどから十分な争点整理ができなくなった場合,上記の例との関係では,弁護人が例えば,「Aが犯行直前にV宅を訪れていること」との間接事実に対する認否を抽象的なものにとどめた場合,検察官としては,上記①を柱に据えるのもやむを得ないものがあるといい得ることになって,証拠構造の組み換えを認めるのもやぶさかではないということになると思われる。これに対して,すでに弁護人が①の間接事実を否定することを具体的に明確にして,アリバイなどを主張していた場合などは,証拠構造の組み換えをすることは許されないということになろう。

この点について,検察官の問題は有罪方向であるから,無罪としてもいいかもしればいが,弁護人の場合は,無罪方向の組み換えが認められず,有罪となるという可能性があるから,問題は深刻である。理論的には,研修所の文献を前提にすれば,追加的な証拠構造の変更は弁護人もできなくなる可能性が高いということになるが,研修所の文献は,「検察官の拘束力」という限度での議論としているので,弁護人の場合は,別の結論を採るということもできるのであろうか。しかしながら,これを認めると田宮説的な片面的デュープロセスの発想につながりやすくなるので,受けいられる可能性もそれほど多くないように思われ,今後の議論の深化が望まれるところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[1] 実際上,スキームを考えるにあたり,裁判官が証拠に触れないというスキームを考えるわけにはいかなかったとされる。というのも,刑事裁判の迅速化のポイントは証拠の整理にある。すなわち,これまでの裁判の遅延の原因は,検察官と被疑者・被告人との間の証拠収集能力に差がありすぎるという点に由来していた。そうすると,審理計画を策定するにしても,証拠を考慮しないまま審理計画を立てても意味がない。公判前整理手続の核心は,被告人サイドに検察の手持ち証拠を開示するというスキームをとったという点にある。裁判を迅速にしようとしても,被告人や弁護人に証拠収集を迅速にするよう求めるだけでは実際上,意味がないからである。そうだとすれば,トライアルの前にどの証拠について開示させるかという点を決定せねばならず,まさに,それは公判前整理手続で行うことが適しているわけである。したがって,予断排除との関係は,許容性の問題といえよう。実際上は証拠整理ができないのであったら,公判前整理手続など作る意味がないという必要性に支えられているわけである。

[2] 316条の14第2項について,弁護サイドでは,証人がいったい何を証言するのか予想がつかないという場合があった。そうすると,反対尋問の準備にも限界があり,結局,「でたとこ勝負」となっていた。そこで,被告人・弁護人の利益のために,316条の14第2項で299条の趣旨が拡張されている。これで,反対尋問などの準備がしやすくなるといえる。これは,結局,裁判の迅速化につながるわけである。だが,その実態は民訴における陳述書の機能と変わるところはないであろう。

[3] ①から④は,いわゆる「客観証拠」と呼ばれるものである。この客観証拠の収集は,実は,検察官と被告人・弁護人の証拠収集能力の違いがもっとも顕著に現れる分野である。また,性質上,客観性があり被告人にも検討させる必要があるうえに,証人威迫などの弊害が生じる可能性も少ないとされる。この点,類型証拠開示が制度化される前から,44年判例を使って開示することができるとされてきた分野であるので,目新しさはないという点に注意が必要である。

[4] これは,ドイツの共通証拠の思想を継受したものと解される。すなわち,被告人の供述録取書は,もともと,「被告人が検察官に証拠開示したもの」であるから,それを被告人が利用することができるのは当たり前であるという発想が根底にある。自分のことであるから,証拠隠滅などの弊害のおそれもすでにないわけである。もっとも,この類型も,昭和44年で開示させることができると考えられてきたので,あまり目新しさはない。

[5] 公判前整理手続は,裁判の迅速化を狙ったものであるが,最初に述べたように,迅速化は被告人の利益になるという命題は必ずしも正しくない。もっとも,これまで裁判が遅れてきた原因は,検察官の五月雨的な証拠の提出,被告人の証拠収集能力のなさという点にある。前者は,もともと望ましいものではないのでよいが,被告人の証拠収集能力がないという点は,公判前整理手続が導入されても変わるものではない。そうすると,従来どおり,被告人としては,一定時点で証拠を揃えて並べることは難しいのであるから,証拠の後出しができるスキームの方が望ましいのではないかという疑問が生じてくる。突き詰めてゆくと,弁護人は,「証拠の後出しをすることができる利益」と「類型証拠開示及び争点関連証拠開示により検察官手持ち証拠を引っ張り出せるという利益」の比較考量を求められているといえよう。要するに,公判前整理手続では,弁護人は,後出しの証拠提出の利益を放棄(316条の32第1項)するのと引換えに,「類型証拠開示及び争点関連証拠開示」という武器を手にするということができるわけである。このような視座から考えてゆくと,最高裁が,類型証拠開示や争点関連証拠開示を限定的に運用するという姿勢を仮に見せれば,裁判員裁判を除けば,捨てる利益と得る利益が均衡しないということになり,公判前整理手続など誰も利用しないということになるであろう。したがって,弁護人は,上記比較考量のために,最高裁の判例にも気を配らなければいけないということになる。

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